迎え



涼しげな風が吹く。 
慌ただしく人が交差する町中を城のベランダから見ていた。 

姫「……」 

こんなにも悪いことが続く。 
なにか、とても嫌な予感がした。 

未だ執事を殺した、あの化け物は捕まっていない。 

執事がいなくなった。 
それから、何をすべきかを考えていた。 

明るく振る舞い、弱い心を見せないようにした。

姫「……なにも、できないのかな」 

しかし、いくら探しても町のためにやれるは見つからない。 
今こうして、町はパニックだというのに自分はただ、城から町を見下ろすだけ。 

自然と眼から涙が零れ落ちる。 
最近、ずっとこんな状態だった。 
誰もいないところにきては、1人涙を流す。

自分の無力さが悔しかった。 
王子や執事はあんなにも、国をために尽くして様々なことをやり遂げていたのに。 

姫である自分はただ、見てるだけ。 

姫「う……うう…」 

涙はとめどなく流れ出る。 
ぽた、ぽた、と足元へ涙が落ちた。 

そして、広がる。 

とまる事のない嗚咽だけが、涼しい風とともに流される。 

足元の涙は広がる。 

そんな1人涙をながす、姫に背後から声がかかった。 

「お迎えに参りましたよ」 

声に驚きながらも、弱味を見せまいと涙をぬぐい振り返る。 



フードの男「お姫様」 



そこに立っていたのは、あの化け物だった。

全身に血が飛び散り、手には血にまみれた剣が握られている。 

姫様「…あ……ああ」 

あまりの恐怖に姫は声も出せない。 

フードの男「ふふ、そんな怖がるなよ。わざわざ探していたんだから」 

崩れかけ、腐りきった顔で笑う。 
血にまみれたその男は狂気そのものを具現化したような存在に見えた。

フードの男「それにしても、やっぱり君は変わってないんだな」 

そんな化け物は笑顔の表情を変えずに思い出話のように話しだす。

フードの男「落ち込んだり、1人涙を流す時はいつもここに来てたよなあ……」 

姫は恐怖と戦いながら、なんとか声を絞り上げる。 

姫「……ふざけないで、あなた…何者なの?」

その言葉を聞くと、今まで保っていた男の笑顔がふっと、消えた。 

男「……何者、ね」 

姫「……」 

不穏な沈黙が流れる。 
姫の中は逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。 
ただ、逃げることが許される状況なのは誰がみようと一目瞭然。

そんな空気を断ち切るように男がにこりと笑う。 

男「それは、もうちょっと思い出話に付き合ってくれたら分かるよ」 

顔は笑っているものの、話す口ぶりは冷たいもの。
そして、何もなかったのように話を続ける。

男「……ここに来た時は、いつも泣いてたよな」 

男の記憶は誰の思い出話なのか。 

男「習い事のピアノがうまく行かなくて怒られた時……」 

呟きながら、頭の引き出しを開ける。

男「王が忙しくて、全く話を聞いてくれなった時……」 

姫は黙って男の思い出話を聞く。 
しかし、姫はすでに答えに行き着いていた。 

男「部屋を抜け出して、皆からすごい剣幕で怒られた時とかさ」

男の声が段々と大きく、楽しげなものになっていっていた。 
姫は、小さな声で抵抗を見せる。

姫「……やめて」 

男「全てが懐かしい!何もかもが!!」 

そんな声を無視した男は声を張り上げる。

姫「やめて!!」 

そんな男の声と同じく、姫も声を張り上げる。

男「ふふ……」 

男は悲しげに笑う。 
何もかもを悟ったように、虚ろに笑う。 

姫「やめてよ……」 

男「きっと……」 

もはや、姫の声に反応すら示さない。 

姫「わ、わかったから…」 

止めたはずの涙がまた、瞼から零れ落ちた。 

男「きっと、君は」 

男はより一層、悲しげに悲痛なまでの声で。 



男「俺が死んだときも、ここで泣いていたんだろうね」 



姫「う……く……」 

姫はただ、泣くことしかできなかった。 
答えを返せない。 

男「……」 

男は顔をゆっくりあげる。 
その顔に悲しみなどは見えなかった。

ただ、憎悪のこもる眼。
こぼれ落ちる、涙を追う。

涙が止まることがない。 

男も静かにそれをみる。 
しかし、昔のように手助けはしなかった。 
たた一言、言う。 



男「俺は……お前らが憎いよ」 



涙は止まらない。 

男は歩き出した。 

姫へと近づく。 

血まみれの王子が姫へと近づく。 


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