恨み
町中がパニックに陥っていた。
かなりの数の町人たちが、急に苦しみ出しバタバタと倒れ出したのだ。
フードの男「とうとうか…」
フードを被った男が町の中、物陰から密かにその様子を伺う。
老婆が作った毒薬が町の水道管に巡っているようだ。
執事がいない今、原因の調査など明確に指示できる者などいない。
パニックは収まることはない。
フードの男「……弱いものだな」
ここの水は全て同じ水源から組み上げられている。
そこに強力な毒薬を垂らせば……それは町中に毒が回ることとなる。
王城に目をやると、焦りながら次々と兵士が外に出て行く。
化け物のために警戒されていたはずの王城が手薄になっていっていた。
フードの男「さて、と」
呟いた男は動き出す。
行く先は王城内部。
狙うは… …。
フードの男「姫様、待っていてくださいね。今、そちらに向かいますから」
虚ろな声で言う。
憎しみのこもった、怒りの篭った。
ありとあらゆる憎悪のこもった声で。
フードの男「……」
数分後、あっさりと男は内部に潜入していた。
構造を完璧に理解し、兵士の位置まで把握していた。
フードの男「……彼がいないとこのザマか」
呟く。
当たり前のように通路を歩くことができていた。
兵士が見回っている様子はない。
長い廊下を歩いた先。
兵士がいるとわかっていながら、扉を開ける。
兵士「ん……!?」
中にいた兵士が驚き、声を上げる。
フードの男「……久しぶりだな」
男は呟く。
相手に返答を求めない挨拶。
兵士「き、貴様!何者だ!」
案の定、その言葉は兵士の耳には届いていないようだった。
兵士は腰につく剣に手を置く。
フードの男「ふふ、誰だと思う?あててみろよ」
兵士「ふざけおって!怪しい者め、きりふせてやる!」
城内に入ってきた怪しい人物。
捕まえようとしないはずが無い。
兵士は手を置いていた剣を抜き、男へと襲いかかる。
フードの男(右肩から下に流れる振り下ろし、左足を軸とした蹴り……はフェイントかな?)
襲い掛かる兵士に対し、男は全て動きを読んでいるかのような動きを見せていた。
武器を何も持たない相手に、全くと言っていいほど歯が立たない。
兵士「くそっ……」
兵士が振り下ろす剣ををよけながら、男は兵士に話しかけた。
フードの男「その動き、懐かしいな」
兵士はその言葉を無視し、攻撃を続ける。
しかし、男に攻撃は当たらない。
男「……お前はいつも、俺に食ってかかったよな。毎回毎回、負けるって言うのに」
男の話は続く。
振り回される剣は当たる気配もない。
男「その割に俺の話はとても楽しそうに聞いてくれたな。お前はいい奴だったよ」
兵士はその話に覚えがあった。
フードの男「暑苦しくて、いつも全力で」
自分が唯一、負けを認めたはずの男。
フードの男「いつになったら、こいつは、諦めるんだと毎回悩んだよ」
攻撃の手は緩めない。
男のただの譫言。
…そう思いたかった。
話は続く。
フードの男「けど、お前はいつの日かの戦いの後、急に負けを認めたんだったな」
あり得るわけが無い。
そんなことは絶対にあり得ない。
兵士は必死に心の中で否定する。
男を黙らせたくて、攻撃が一層激しくなっていく。
フード男「なにかと、思えばその後言った言葉には驚いたよ」
その口を黙らせたい、これ以上聞きたくない。
フードの男「……覚えてるか?なんて言ったか、教えてくれよ」
それを聞く兵士の攻撃がだんだんと遅くなり、やがて止まる。
そんなはずはない。
あり得ない。
ただ、今の話がどうしようもない事実を物語っていた。
頭の中が嫌な予感で一杯になる。
フードの男「俺の負けだ。だから、約束してくれ……」
フードの男がそこで言葉を止めた。
果てしなく長く感じる間が空く。
そして、戦意を完全に喪失した兵士が呟く。
兵士「……お前が団長になれ……俺がお前の補佐をする」
フードの男「そうそう、懐かしいだろう?」
男はその呟きに笑いながら、答えた。
兵士「お、お前……」
兵士の言葉は続くとはなく、言葉にならない。
男「……俺の補佐、ちゃんと務めてくれたっけ?」
そんな兵士を無視して男は問う。
兵士「……」
兵士は黙り込んだ。
あれは、あれは自分のせいだった。
補佐どころか足を引っ張った。
フードの男「ふふ、気に病むことはない。もう許してるからな」
男はそういいながら、兵士に近づく。
兵士はその言葉になんと答えていいかわからない。
振り絞るように一言。
兵士「……すまない」
そして、次の瞬間、自分の腹に剣が深々と刺さっていた。
フードの男「いいっていってんだよ。糞野郎」
静かにそう言った男の目は憎悪。
男の手には兵士が持っていた剣が握られ、深々と腹の奥へと貫いていた。
兵士「あ…ぐ……」
言葉にならない音を口から発し、倒れこんだ。
フードの男「……俺は仲直りしにきたわけじゃないんだよ」
静かにそう言った。
お前が悪いんだと言わんばかりに。
フードの男「……」
呻いている兵士を見下す。
兵士が息絶える直前、最後に見た男の表情は限りなく、悲しげなものだった。
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