次代
【9年前-兵士訓練所】
兵士団長は訓練所を歩く。
最近は毎日のようにここに訪れていた。
兵士団長(なかなかいないものですね…)
兵士団長は次なる、この兵隊を率いることができる者を探していた。
本来ならば副団長がなるべきなのだが、生憎、団長と同じく既に高齢。
戦闘以外にも様々な能力が求められるため、なかなか適任者が見つからないのだ。
そんなときに見覚えのある少年が目に入った。
その少年は集団の中心で、楽しそうに話している。
周りを囲む兵士も楽しそうに笑う。
兵士団長「君は…あのときの少年かな?」
適任者探しに行き詰まっていたのもあり、フラフラっと近づき少年に話しかけた。
彼には人を引き寄せる何かがあるのかもしれない。
集団の笑いがピタリと止まる。
突然、兵士団長がきたとなれば、誰でも緊張する。
少年「あ、お久しぶりです!」
そんななか、当の本人だけはどこ吹く風。
先程と何も変わらぬ笑みを団長に向けた。
兵士団長「ふふ…お久しぶりですね」
思わずつられて、笑う。
兵士団長「あのときの癖はきちんと直しましたか?」
あのときの話を団長は覚えていた。
団長自身もあの年齢の少年が目についたのは初めてだった、そのせいなのか。
はたまた、別の理由か。
なぜか、記憶によく残っていた。
少年「もちろんですよ」
自信ありげにそう答えた。
そして、少年は次に思いがけない言葉を口にする。
少年「試して見ませんか?」
場の空気が凍りつく。
なんと、図々しいお願いなのだろうか。
まだなんの実績も実力もない、ただの平兵士が団長にむけて、手合わせをしろ。
そう言っているのだ。
兵士「お、おい…」
見兼ねた周囲の兵士が口を開く。
兵士「お、お前流石にそれは…」
そう言っている途中。
兵士団長「はっはっはっは!」
兵士団長の笑い声がそれを遮った。
周囲はにいる兵士達の顔色が面白いように悪くなっていく。
怒りを超えて、笑いだしたとでも思ったのだろうか。
兵士団長「いいですよ。お相手して差し上げましょう」
そんな予想を裏切り、微笑みながらそう答えた。
兵士団長(この少年、もしかしたら…)
そんな団長の頭の中には、ある思いつきとも言える考えが浮かんでいた。
少年「やった!ありがとうございます!」
少年は無邪気にそう、答えた。
団長の考えなどには、全く気づかない。
兵士団長「では、皆さん少しだけ場所をあけてくれますかな?」
団長がそういうと、周囲は一気に身をひく。
周囲の兵士達が円形に取り囲み、瞬く間に手合わせの土俵が出来上がる。
兵士団長「では、まいりましょうか。剣をぬいて、どうぞ?」
団長はニッコリ笑いながら、少年にいう。
少年は団長と対峙する。
手が剣に触れた瞬間。
少年の雰囲気が一変した。
少年「いきます」
瞳から炎が見えるかというくらいの勢いで、鋭く、睨む。
次の瞬間、剣を抜き団長に近づき一閃、振り下ろす。
団長はそれを身を引き、あっさりと避けた。
しかし、少年はその一撃で止まらない。
手を返し、次なる攻撃を繋げる。
少年「おりゃ!」
手を返しながらの斬撃。
剣を使い、力の方向をずらす。
それでも、少年はバランスを崩さず踏みとどまり、一歩引いたあとに回し蹴りを飛ばす。
兵士団長(ふふふ…本気できてくれる相手は久しぶりですね。)
この時点で団長は心底、驚いていた。
あの時見た、明らかな癖は改善され綺麗な攻撃を繰り出す少年。
一歩ひき、回し蹴りを軽くかわす。
少年は攻撃の勢いを止めない。
回し蹴りを終えると、次なる手を繰り出す。
それをはずしたら、次の手を…。
驚いたのは、癖を直した、ということひとつだけではない。
少年にはすでに、次の手、次の手と考えながら攻撃する、ということができていた。
そのため、隙のない連続した攻撃ができる。
団長がよけてばかりいるのは、少年に明確な隙がないということを示していた。
少年「くっそ!」
少年は相手が誰かということも忘れて、全力で団長に立ち向かう。
右から左肩へのすくい上げながらの、切り上げ…。
団長「ん…」
団長がそれを避けながらも、少年の小さな癖を見逃さなかった。
そして、少年の次なる攻撃、腹部へ向けて突きを向けた瞬間。
カキィィィィン……
少年の手にしていた剣が高く跳ね上がり、カランと金属独特の音を響かせ地面に落ちていた。
少年「あ、ああ…」
金属の音が鳴り止むと、少年が悔しそうに言葉にならない言葉をはいた。
兵士団長「ふふ、楽しかったですよ。数年後が楽しみでならないです」
団長は楽しそうにそういった。
労いやお世辞の類ではなく、心底期待しての発言。
少年「あ、はい!ありがとうございます」
少しだけ悔しそうにしながらも、そう笑って答えて見せた。
兵士団長「頑張ってくださいね」
団長もニコリと笑いながらいう。
三年前とは違い、背を向けずに言う。
少年「はい!」
嵐が去った…。
周りにいた誰もがそう思っただろう。
団長は背を向け、また他の兵士の様子をみるのだろうと。
しかし、その後団長が他の兵士を見回ることはなかった。
これまで、以上に予想外なことが。
もはや、ありえない、そう言えるくらいのことが団長の口から発せられていた。
団長「それとも、私の元で頑張って見ますか…?」
この言葉には流石の少年も、笑わずに驚いていた。
それがどこか可笑しくて、団長は気づくと口から笑いが漏れていた。
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