化物



化け物の居場所、姫の自室に向かうと、すでにそこには兵士たちが倒れていた。 
幸い、命は奪われていないようだが、姫の部屋はめちゃくちゃ。
ものが何から何まで散乱し、激しい戦いの後を見せていた。

執事「なんということだ…」 

あまりの惨状、そして、兵士四人を相手に打ち勝った化け物におののいた。 

部屋の中央には叫ぶ化け物。 

フード男「死にたくない…死にたくはないんだ……!」 

とてもこの化け物が、姫と話をしていたとは思えない。 
しかし、執事は落ち着いた目で化け物の様子を観察する。 

執事(耳…髪…腕の欠損…) 

これは姫が最近描く絵にそっくりそのまま。

姫の絵は最初は髪がなくなり始めた。 
そして、髪が全てなくなると耳が腐りおちていく。
最後には片腕すらもなくなった。 

執事「なるほど…」 

きっと姫は心底、この化け物を気に入ったのだろう。 
王子がなくなり、大切な拠り所を亡くした姫には救いの神に見えたのだろうか。 
そんなこの男をどうしても、肯定したかった。 

その結果があの絵であり、姫の最大限の表情方法。 

王子の穴を埋めるほど、この化け物は姫の中で大きい存在になっていたのだ。 

姫の胸にぽっかり空いた穴を埋めるのは、自分でも、王でも、はたまた、町人たちでもない。 

穴を埋められるのは… 
『王子と変わらぬ愛を注げる人』 

それは、私も王も代替できな存在。 
ただ、その存在をどういったことか。 

この化け物が埋めてしまったのだ。 


姫は愛しているのだろう。 
この化け物を。 
狂おしいほど。 

周りを見られなくなり、絵でその愛を表現するほど。 

この化け物を愛してしまったのであろう。 


フード男「あああ…。姫…姫よ…」 

化け物の声が、思慮に耽っていた執事を現実に引き戻す。 
化け物は相変わらず、部屋の真ん中で嘆く。 

死にたい、死にたくない、姫はどこだ。 

あまりにも不気味。 

執事(……) 

それでも、執事は動けなかった。 
その化け物に剣を向ける気にはならない。 

この化け物が死ねば、姫はどうなるのか。 
せっかく、戻ってきた体調がまた悪くなってしまうのではないか。 

様々な悪い考えが、頭に浮かぶ。 

執事(…だめだ。これではいけない) 

頭の考えを振り払う。 

執事(私はなんのためにここに来たのだ) 

心の中で自分に言い聞かせる。
姫に危険を及ぼす、この化け物を殺しにきたのだ。 
こんな危険な化け物を姫の近くにおいておくわけにはいかない。

治らぬ病かわからないが、どちらにせよ、この化け物の先は長くない。 
これだけ、体が腐り落ちていっているのだ。 

執事「それならば、私が今ここでお前を殺してやろう」 

そう言い、剣先を化け物に向けた。 

その執事の言葉を聞き、化け物はやっと執事が部屋にいることに気づく。
不意打ちをしなかったのは、せめてもの姫への配慮だったのか。
それとも、姫の愛したこの男への配慮だったのか。

化け物「は、はは。ははは…。お前か」 

そう乾き切った笑いをする化け物は、少し哀しそうにみえた。 
片腕しかないその手には兵士から奪ったであろう、剣が握られていた。 

執事「ゆくぞ!」 

その様子を眼に入れなかったように、鋭く言うと一気に化け物との距離を縮める。 

キンッ 

執事が素早く放った突き攻撃は化け物の剣に上手くそらされ、はじかれた。 

体制を崩したチャンスを見逃さず、化け物は右足で腹めがけて蹴りを飛ばす。 
しかし、それを執事は左腕で守り切った。 

執事(少し…甘く見ていたようですね) 

化け物の動きは明らかに鍛えられていない人でも、思慮のないモンスターのそれでもなかった。 
十二分に鍛えられた、兵士の動き。 

執事(今の蹴りも服のしたに、防具をつけていなかったら…) 

気合いを入れ直し、剣先を化け物に向け直す。 

フード男「今度はこっちからいかせてもらう…」 

化け物と執事はほぼ互角にみえた。 

ただ、それは化け物の状態。 
腕も耳もない、その状態に助けられている、ただの善戦。 

実際は体力的にも、技術的にもかなりの劣勢を挑まれていた。 

その劣勢の中、執事はあることに気づいた。

執事(この動き…。どことなく、誰かに…) 

戦っているときの癖、型というものは人それぞれある。 
1の次は2、2の次は3をする。 

勿論、毎回同じ型を出すわけではないが、ある程度はその者の癖が現れる。 

この知らぬはずの化け物相手に、なぜかその予想がつくのだ。 
手合わせをしたことがある、相手。 
そうでもなければ、この感覚は生まれない。 

戦いの最中、化け物の左足が、少し下がる。 

執事(!?) 

すでに執事の体力はかなり限界に近づいていた。 
普段の鍛錬は欠かさなくとも、年齢には勝てない。 

執事(右から左肩へ向けてのすくい上げ…!) 

それでも、なんとかここまで持ちこたえていた。

キンッ 

…が、ここにきてとうとう体が追いつかなくなっていた。 
予想したその攻撃は予想以上に鋭く、強く執事が身を守ろうとしたその剣を大きく弾いた。 

執事(まずい…!) 

化け物が少し、顎を引き右足を下げた。 
執事は次なる攻撃をすぐに予想できた。 

執事「!」

これは何度も見たことのあるはずの型だった。 
予想できないはずがなかったのだ。 

執事「…王子?」 

一言、執事の口から言葉が漏れる。 


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