Open sesame!36



尾白は徳さんが大丈夫そうなのを確認すると揃って二人に近付いていく。猛烈な勢いで話しかけられている方――尾白も見知っている人物であるところの鶴先輩が二人を見つけてほっと安心した顔を見せた。
「ちょうど良かったですわ。この方を落ち着かせるのを手伝っていただけません?伝えたいことがあるらしいのですが、混乱していてよく分からないのです」
スケッチブックを胸元で両腕に抱えたその女生徒が喋っている内容は距離が近付くにつれ尾白達にも聞こえてきていたが、確かに彼女の言葉はどうにも脈絡がなく要領を得なかった。そしてその女生徒は鶴先輩の視線を追って尾白を発見すると、なぜかより一層混乱した。
「あっ、あのっ、確かに私、モブ姦は好きですけど、そうなったらいいなって考えたことはありますけど、あくまで未遂で二人が仲良くなるためのアクセントとして好きなんであって、本当にそんなことが起こって欲しいなんて思ってないんです!ほ、本当です!」
スケッチブックの女生徒は鶴先輩から尾白に向き直り懸命に彼女の主張らしきものを訴えかける。やはり何を言っているのかよく分からないが、しかし何か緊急の事態が起こっているのは伝わってきた。
「まずは落ち着いて、要点だけを話してみてくださる?」
「よし、じゃあ一度深呼吸してみよう。いいかい、一緒にするよ?すー、はー、すー、はー」
鶴先輩が後ろからそっと女生徒の肩を抱き、徳さんが自分自身も深く息を吸って吐いてどうにか彼女を落ち着かせようと試みる。そうして呼吸を整えた彼女に尾白が正面から力強く頷いてみせると、途端にその女生徒の両目に溢れそうなほどの水分が浮かんだ。そして次に救難信号が発せられる。
「ひ、日向くんが、日向くんが危ないんです……!」
今度は端的すぎる言葉だったがこれ以上なく的確に危機感は伝わった。三人の顔付きが瞬時に引き締まり、場の空気も緊張を孕んだものになる。
「どっちだ」
「あっちです。体育館の裏の方。怖い人達が日向くんを取り囲んでて、私怖くて……っ」
体育館の方を指差していた腕を戻すと、助けられなくてごめんなさいとスケッチブックを抱えた彼女は泣きそうになりながら謝った。後に彼女から、その日の朝は休みの部活が多いと聞いていたのでこれ幸いと校内のあちこちをスケッチしようとぶらついていたところその際に目をつけていた体育館裏は近寄りがたい人達がたむろしていたので結局そこに行くのは止して、その途中で日向にぶつかり、そして一旦別の場所でスケッチを始めたものの結局諦めきれずまた体育館裏に行ってみたこと。そこで先程のたむろしていた男達に日向が変な絡み方をされているのを目撃し、しかし割り込む勇気は持てずにとにかく人に知らせなければと走った先に鶴先輩がいたことなど、そんな一連の経緯を知ることになるのだがここではそこまで聞く余裕や時間はなかった。
まず鶴先輩が一目散に駆け出し、尾白もそれを追いかける。振り返り、スケッチブックの女生徒と駆け出した尾白達の間でどうしようか迷っている徳さんに向かって声を張り上げる。
「その子任せた!」
それから振り返らずに走っていく二人の背中をなす術なく見送る徳さんだったが、結局彼は尾白からの頼まれ事を完遂することはできなかった。
「あのっ、私は大丈夫なので、日向くんを助けてあげてください……!」
先日彼を惚れさせた女と似通った強い眼差しで言われ、徳さんの心は早々と決まる。悪いと一言告げてから既に姿の見えない二人の後を追った。
「……後輩くんも心配だけど、絡んでたっていう相手の方も心配なんだよなぁ」
さくらちゃん手加減してくれるといいけど。そんなことを呟きながら徳さんは友人と幼馴染みの背中、そして友人の大切な後輩くんの無事を祈って地を蹴った。


***


日向は自分を絶えず圧迫してくる息苦しさ、嫌悪感と戦いながら自分の制服が脱がされていくのを見ていた。体は相変わらず日向を捕まえている男が後ろから拘束し、正面では鶴先輩に付きまとっていた男が自分の携帯を取り出して日向の服が脱がされていく過程を逐一撮影している。その日向に何かを――恐らく屈辱と恐怖を植え付けようとしている薄く笑んだ金髪の男が、日向の殻を殊更ゆっくり剥いていった。そして日向はその金髪の男が気紛れに、しかし的確に喉をくすぐってくるのが尚一層辛く、その度に寄せては返す悪寒と吐き気に苦しまなければならない。尾白やクラスメイト達に撮られた時とは異なる、気分が悪くなる一方の撮影会だった。
ぼうっとしてきた頭で、それでもいいようにされたくない日向は微力ながらせめてもと身を捩る。その度に中途半端に前を開けられた白の学ランと青いシャツの隙間から肌色がくねり、忙しない呼吸でのたうつ。
そんな日向へ楽しそうに嬉しそうに目を細める金髪の男の手付きは長年の付き合いの愛犬を愛でるようでもあり、ちょうどよく現れた観察対象をいたぶって実験する残酷な子供のようでもあった。
「しっかし、オレはてっきりお前がこっちをやりたがると思ってたぜ、シバ」
金髪の男が日向越しに後ろにいる男に言う。確かにあんなことを言っておきながら、後ろの男は日向を拘束してくるだけで日向を剥く作業には参加していない。それだけでなく後ろの男の意気はどうやら下がる一方のようだった。
「やるなら自分で、一人でやりたいんじゃないか。人にやられるのは白けるんだろ」
寝取られたいんじゃなくて寝取りたいやつだから、と携帯を構えている男が言う。日向としては乗り気でないのならそれに越したことはなく、ついでに解放してくれると有り難いのだが、残念ながら後ろの男から注がれる粘ついた視線はまだ日向に注がれている。依然として日向の本能は危険を訴えたままだ。
金髪の男が少しの間考え込んで言った。
「あっ、分かった。お楽しみは後にとっときたいタイプなんだろ、こいつ」
「なるほど、後でじっくりとか。……一目で分かるような跡はつけるなよ」
勝手にあれこれ言われている当人は同類の男達の戯れを否定するでも肯定するでもなく、ただ無言で日向を捕らえている。
「――さて、上はこんなもんでいいだろ。次は?」
金髪の男は日向の制服のボタンを全て外した青いシャツの裾を引き出し、白い学ランの前を景気よく開けながら他の二人に聞く。彼らは日向と尾白の噂を利用し、日向を想い人を一途に慕う優等生ではなく大人しそうな顔をして影で奔放に何人もの男と関係を持つ――そんな虚構に落とし込もうとしているのだった。
日向の上の制服は袖は通したままであり、素っ裸にするよりそちらの方が“らしさ”がでるだろうとの考えからで、問われた一方の後ろの男はやはりここでも無言を貫き通す。意見を出したのは携帯で日向を撮り続けている針金の男だった。
「下も同じでいいだろ。半分脱がして、でも肝心なところは見えなくすれば」
「おっ、何だよ、キビはそういうのが好きなのか」
「俺じゃなくてお前だろう」
そんな軽口を叩きあいながら彼らは罪悪感を感じさせることもなく、むしろ楽しいおもちゃに手をかけるような気軽さで後輩の服を脱がしにかかる。いよいよ下半身に手がかかろうとしたとき、日向は今度こそ理不尽な魔の手を退けようとできる限りの力で身を捩った。声も出そうとして大きく息を吸う。だが日向のそうした行動は三人の男にはとっくに予想済みであり、いとも簡単に抵抗の意思を封じられる。日向の露出した首筋を金髪の男の指の背がさらりと撫で、それだけで日向の体は反射的に強張り連鎖的に息が詰まった。吐き気と息苦しさだけではない、震えを生じさせる体に更に金髪の男が遠慮なく手を這わせる。首元から鎖骨、胸を下り腹を通りすぎて臍へと。肌を粟立たせるその感触と悔しさを前に日向は何もできない。
そしてついに日向のズボンは緩められ下着が覗いた。携帯のカメラが全身を収めるように引くのが分かり、日向は咄嗟に顔をそらす。理不尽に暴かれる歯痒さと屈辱が胸をしくしくと痛ませた。
ここからどう脱がしてどういうポーズを取らせるか。そんな話し合いをする金髪の男と針金の男の会話を聞き流していくうちに、日向は後ろの男がにわかに警戒を走らせるのを察知する。気のせいでなければ、来た、と小さな呟きまで聞こえてきた。それが何かを吟味する間もなく、突如その場に憤りを込めた声が静かに、しかし確かな質量をもって彼らの間に割り込んでくる。
「――何を、なさっていますの?」
冷たく、しかしどうしようもなく感情が煮詰められた声が瞬時にして四人の間を駆け抜ける。日向にとっては救いの声であり、まさに鶴の一声だった。そして日向がその声の主を認める間もなく闖入者は動き出す。
まず鶴先輩が狙いをつけたのは恐らくこの顛末の首謀者だと睨まれた、携帯を構えた針金の男である。単純に彼が一番彼女に近い位置にいたのもあるだろう。鶴先輩が素早く踏み込んでその男の懐に入ったと思ったら、次の瞬間には男はあっという間に地に落ちていた。そして更に意識も落とされ、哀れ針金男は真っ先にこの場から退場する羽目になったのである。
次に怒れる鶴先輩の餌食になったのは急な展開に焦りながらもどうにか危険を察知した金髪の男で、身軽に身を翻そうとするも鶴先輩は逃がさなかった。地に沈んだ男の脇から驚異の瞬発力をみせた彼女は横を通りすぎようとした男の足を遠慮なく引っかけて転ばせ、そして彼もまた念入りに鶴先輩に落とされる。
そして鶴先輩が二人の男に構っているうちにその二人を囮にして最後の一人がこの場から脱出しようとしていた。日向が拘束を解かれていると気付いた時には既に彼は鶴先輩が現れた方向、駐輪場の側とは逆のルートを辿って木々の合間から格技場の方へと逃げ込もうとしていた。日向は呆然と眼鏡越しにその後ろ姿を見送る。
「お待ちなさい!」
鶴先輩の制止が飛ぶも日向を放っておくことはできなかったようで、彼女は日向の傍に駆け寄り逃亡者を追いかけることはしない。
このまま逃げおおせてしまうのかと思われた矢先、なぜか彼は立ち止まって諦めたように両手をあげて後ろに下がってきた。

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