Open sesame!13



「……僕も同じこと言われたら先輩と同じ返しにしようかな」
日向の呟きに尾白が楽しそうに乗ってくる。
『へえ、いいんじゃないか』
その声が明るく朗らかな様子を取り戻しているので、日向の声も弾む。尾白の方もそれにつられたのか、声音が更にやわらかに和んでいくのを日向は表情をデレデレと崩しながら聞く。
『そういうの、なんかあれだな。面白いな』
「そうですね、合言葉みたいで」
本人達にしか分からない遊びだ。秘密を共有するように笑いあい、日向はようやく話を戻す。尾白と話しているとつい楽んでしまっていけない。
「ええと、それでですね。鶴先輩のことですけど」
彼の先輩は件の白い毛玉のことについて依頼があり、実際にその能力を使って探してもぼんやりとして一向に特定できなかったという。ないものは探せない。彼女は繰り返しそう言った。
それに関しては尾白の方でも確かめてもらったが、やはり結果は同じだったらしい。
尾白は鶴先輩に自身の能力は明かしておらず、能力者同士で何かしら感じるものはなかったのかという日向の問いには、はっきりないとの即答を得た。何かあるなら神無月に近付いた時点で兆しがあるだろうと言われ、それもそうだと日向は納得する。
また学校の図書館で調べただけではまだ断定はできないが、白い毛玉の噂はあってもそれらしい記録が見当たらないのは口伝のみで伝えられてきたものだからではないかと二人の間で意見が出る。それから日向は改めてしばらく鶴先輩と行動を共にする旨を尾白に報告し、尾白は何秒かの沈黙のあと、気を付けろと言った。
『なんかお前、変なのに目をつけられやすいから』
何かあったとしてもそれは卯月が言っていた通り弱点と見なされたからだろう。尾白や友人達に危険が及ぶのは避けねばならないし、今回鶴先輩と行動を共にするのはボディーガードの意味も含まれているからで、その点は重々肝に命じておかねばならない。
「勿論です。先輩も何かあったら知らせてください。駆け付けますので」
握り拳まで作って日向は答えたが、尾白は本当に分かってんのかなこいつと実に疑わしげである。後輩がその心配と優しさを嬉しがると、まあいいけどと尾白は強引に流した。
廊下や教室から感じられる空気は既に授業終わりのものから次の授業へのそれになっている。それでも日向と尾白の会話は続いた。
「そうだ、後で写真送りますけど、今日はアスパラガスのベーコン巻き作ったんですよ。自信作です」
叔父さんも誉めてくれましたと言葉の通りいくらか自慢げに胸を張った日向の耳に、尾白の落ち着いた声が馴染んで浸透してくる。
『ああ、うまいよなあれ』
「先輩が口にする時はもっと腕をあげている予定ですのでその時は是非。目標は止められない止まらない、です」
『ふはっ……なんか聞いたことある。うん、楽しみにしてる』
でも食べ過ぎるのは困るな、その時は全力で止めに入ります、お前に俺が止められるかな、やってみないと分かりませんよ、などとじゃれるような会話が流れるように止めどなく続く。
次に直接顔を会わせられるのがいつになるのか、どちらもそこには触れない。ただお互いの紡ぐ言葉に、そこに付随してくるものに耳を澄ませ、聞き入る。
二人は時間ぎりぎりまで言葉を交わすのを止めなかった。


別の日の昼休み、日向は通りすがりにこんな話を聞いた。
「なあなあ、あれってマジなんかな。白い毛玉見たら願い事が叶うってやつ」
「さあ、女子は好きそうだけど」
「いやいや男のロマンでもあるだろ。未確認生物!オカルト!もっと興味持ってこうぜ。彼女できたとか、臨時収入あったとか聞くし」
「ロマンっていうわりには俗世の欲に塗れてるな」
俺らにはそこが一番現実的だろうがと饒舌に語る生徒がつれない相棒にむきになるのをまず正面から、次に体の側面で、最後に背中で聞いた日向はついに足を止めて振り返った。それから一年の教室が並ぶ廊下で話に興じている男子生徒二人に声をかける。
「あの、ちょっといいかな」
その二人が日向を目にした途端ああ殿様のとその人相に納得する気配をみせ、更に自分達が口にしていた話題からその殿様のためにとうとう真偽があやふやなものにまで手を出し始めたのかとその瞳に哀れみの色を宿すのを日向は敏感に感じ取った。説明が省けて有り難いが、果たして彼らの間では尾白や日向はどんな人物像になっているのだろう。
日向は誤解はそのままに聞きたいことを聞く。
「その白い毛玉のことについて教えて欲しいんだけど」
「いや、俺もそれっぽい話を聞いただけだから、詳しいことは分かんないんだ。ごめん」
饒舌に喋っていた方が申し訳なさそうに首を擦る。そこへ冷静に切り返していた方がやっぱりただの噂なんじゃないかと茶々を入れてきた。
「何を言う。噂も馬鹿にできないんだからな。……でも、あんたが白い毛玉を探してるって話本当だったんだな。力になれなくて悪い」
どうやら日向が白い毛玉を探し求めていることまで噂になっているようだ。
どちらにしろ日向は聞き込みの収穫にそれほど期待していたわけではない。ことこの件に関しては尻尾を掴もうとしてもその尻尾すら見えず立ち消えてしまうのが常で、形のないものを捕らえるのは殊の外難しかった。
時間を取らせて済まないと礼を言いそのまま立ち去ろうとした日向は、その二人が何か言いたげにしているので足を止めた。
「何か気になることでも?」
「いや、あの」
「……その、だな」
お互いに顔を見合わせてお前が言えよいやお前がともじもじしている。譲り合った末に、冷静にツッコミを返していた方が思いきって日向に言ってくる。
「今日殿様、屋上にいるらしいよ」
なるほどこれが言いたかったのかと得心がいった日向はやわらかく表情を崩した。これから日向が言う言葉と同じことを言っている人のことを思い出す。その人のこのやり取りを何度もしているという珍しく愚痴っぽい内容と耳に触れる声音を思い起こせば、日向の心は何とも言えないくすぐったさに包まれた。そして日向の口は意識せずともお決まりの言葉をなぞる。
「――うん、知ってる」
おお、と二人は期待が叶った喜ばしさを放ち、日向は二人に再度お礼を行ってその場を辞した。だから残された二人がどんな会話をしていたのかまでは知らない。
「……なあ、あの二人の見守る会が発足してるってマジなんかな」
「何だそれ。まあでも、今までなかったのが不思議なくらいではある」
「何だよそっちは信じるのかよ」
「だってそっちの方がありそうだし」
「お前の基準がわかんねー」
そんな新たな噂話の種にされているとは知らず、日向は一階から階上へ上る。その途中で見知った顔を見つけて立ち止まった。
「あ」
「あら」
上の階から下りてきたのはまさにこれから落ち会おうとしていた鶴先輩で、あちらもここで鉢合わせたのは予想外だったらしく足を止めて日向を見つめてくる。意外な出会いの空隙が去った後は互いの表情に親しみを乗せた感情が滲んだ。
「こちらから迎えに行こうと思ってたんですけど、先を越されてしまいましたね」
「今時シンデレラだって待ってるだけじゃありませんのよ」
口元に手を当てた鶴先輩はたおやかに、そして茶目っ気たっぷりな微笑みをその顏に乗せた。


日向と鶴先輩はその日の昼休みの残り時間を中庭で過ごすと決めていた。鶴先輩が日向の相談事に乗っているという大々的な宣伝のためと、日向と尾白の注目度の高さを逆手に取って噂好きな生徒達の視線を監視の目とするためだ。
中庭は校舎のどの階からでも見渡せる。人の目に触れる機会は多い。鶴先輩と日向の関係を過たず周知できる筈だった。あまり撥ね付けるような真似は逆に例の生徒を挑発しかねないのではないかと日向は危ぶんだが、鶴先輩は攻撃は最大の防御だとおしとやかに過激なことを言って日向の杞憂を蹴り飛ばす。
やはり思った通りこの三年生の先輩はかなり豪胆で力任せな一面がある。件の生徒には美しい薔薇には棘があるということで諦めてもらうしかない。
そういうわけで日向と鶴先輩は他の生徒に混じって緑の絨毯に腰を下ろしている。今日は曇りで、夕方から雨が降るらしい。湿気を含んだ外気が生温かった。
日向は校舎の窓をざっと確認する。人影は何人か確認できたが、それがどういった人物なのかはさすがに判断できない。
日向が鶴先輩と過ごす間、玉生のサポートは矢田川や勅使河原達を始めとしたクラスメイト達に頼んである。雨月は引き続き毛玉探しを続行し、卯月はそれに付き添っている。きっと子供の頃のようにうきうきしながら探し回っていることだろう。
尾白は――と思考が彼の人のことに及ぼうとした時、隣から飲み物はどうかと尋ねられた。今紅茶にはまっているので良ければ感想を聞かせてもらえないかと言う。前もって言われていたことだったので日向が喜んで承諾すると、鶴先輩は持ってきていた手提げ袋から水筒を取り出してコップに注ぐ。
「自分でも飲んでみましたから、飲めないことはないと思います」
日向は香りを楽しむように鼻を寄せたあと、ゆっくりと口に含む。飲み込んでから鶴先輩に振り向けた顔は新たな味の発見に輝いていた。

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