Open sesame!12



例の男の学年は二年。尾白や神無月と同学年であるらしい。
そして鶴先輩が語った二つ目は、周りに迷惑がかかるという意味ではむしろこちらの方が問題かもしれないという、雨月も言っていた探し物のことだった。これがごく最近突然身に付いた能力――としか言い様がないもので、願い事が叶うという白い毛玉の噂と時期が被ったのもいけなかった。個人的な相談ならまだしも、宝探しの名目で相当の人数に連日押し掛けられてほとほと困っているという。
最終学年で受験も控えていることだし、あまり周囲を騒がせたくないのだと鶴先輩は憂い顔だ。
それにその押し掛ける人々によって鶴先輩に接触できる機会を失った先程の男が、その少ない機会にようやく彼女を捉えたときの執拗さといったらますます激しく、嫌な相乗効果を生み出しているそうだ。
「それは何というか、大変ですね。……確認しますけど、先輩が探しものをできるようになったのと、白い毛玉の噂が変わったのは同じくらいの時期だったんですか?」
日向の問いに鶴先輩は記憶を探るように視線をさ迷わせ、答える。
「ええ、そうね、ほとんど変わらなかったと思うわ。白い毛玉の噂は元々あったけれど最初は七不思議の怪談みたいなもので、それがあなた達の噂に変わって……私のこの、探す能力、と言えばいいのかしら。それが分かったのと同じくらいかその後に、またあなた達の仲が危ないらしいと聞いて……それから白い毛玉の願い事が叶うという噂を聞きましたわ」
日向が雨月の方を見ると彼女は首を横に振る。有用な手がかりであればとっくに彼女が飛び付いていただろう。
白い毛玉の噂は神無月ではなく、むしろ日向達の噂の方につられて変化しているのだろうか。
それにしても三年生にまで尾白と日向の噂が波及しているとは。こうなってくると確かに校内を席巻したと言っても過言ではないかもしれない。日向がしみじみと驚きを表すと、有名でしてよ、と鶴先輩が微笑む。
「好意的な意見が多いようですわね。ですから表立って話題にもしやすいのでしょう」
「きょ、恐縮です」
そう言って日向が縮こまると、鶴先輩と雨月が親しみをこめた笑い声をあげる。
また鶴先輩の能力についてだが、正しくは物というより場所を特定するものだそうだ。
「感覚的にはダウジングか釣りに近いのかしら。その人の記憶に糸を垂らして、引っ張り上げるという感じですの」
どうやらないものは探せないようですけれど、と付け加えた鶴先輩の様子はなんだか寂しげだった。
以上の二つが現状鶴先輩の頭を悩ませている問題であり、雨月に出会えた彼女はこれはと思い立って日向に白羽の矢を立てたのだそうだ。
「日向くん、あなたの都合がよければで構いません。ほとぼりが冷めるまで私と一緒にいてくださらないかしら。あなたとあなたのお相手が嫌だと言うなら、私も無理にとは申しません。でもあなたと彼の関係に、私も少しはお役に立てるのではないかと思うのよ」
日向や尾白の考え付かないような視点で協力できるのではないかと彼女は言う。
「……それでどちらも穏便に避けられるというわけですね」
「そうなりますわね」
日向の指摘に鶴先輩は律儀に頷く。
鶴先輩には相談事に向いた能力がある。日向と尾白の仲は校内で注目を集めているから、その二人の仲に協力しているとなれば連日押し掛けてくる方も遠慮するだろう。付きまとっている男の方も日向がいれば容易には近付き難くなる筈だ。少なくとも逃げる口実にはなる。
鶴先輩は言わなかったが日向が選ばれたのはそれだけが理由ではないだろう。雨月が暗に言っていた通り、日向がそういった意味で尾白にしか興味がないのも決定の後押しになった筈である。
どんな理由にせよ日向の答えは決まっている。尾白だって答えは同じだろう。それでも念のため携帯で確認を取り返事を待っている間に、雨月と鶴先輩の間で神無月の家もかなりのもので鶴岩とは親戚付き合いもあると話しているのを耳に挟む。日向が驚いて聞き返すと、神無月グループはこのあたりの土地のものを大体所有しているし、出資もしているという。逆に驚かれて日向は身を縮めた。神無月のあの性格はそういったところからも来ているのだろうか。世が世なら婚約者くらいにはなっていたかもしれないと鶴先輩は言う。
「……もしかして日向って最近こっちに引っ越してきた人?」
「最近ってほどでもないけど、二年前に」
そう答えると女子二人は何だそうかと納得した顔をした。
「ではこの名前を聞いたことはありませんか?――神在」
「ああ、それならあります。……名前が違うんですか?」
違うのですわ、違うんだよ、と同時に言われ日向は目を瞬く。雨月と鶴先輩は顔を見合わせて、鶴先輩が日向への説明役を買って出た。
会社の名前としては神在だが、その中核をなし日々邁進しているのは神無月の人間だという。
「代々のトップに選ばれた者のみが神在を名乗れるのだそうです」
この近辺の人間には神在ではなく神無月の方で通っている。
またこのあたりの勢力は一に神無月、二に鶴岩といってよく、鶴岩の方が歴史は古く昔はこちらの方が盛んだったが、今や神無月の方が勢いも規模もある。この学校の経営とて神無月に縁のある者だという。
感心しながら日向が神無月情報を聞いていると、携帯に尾白の返事が返ってきた。予想通りその答えは日向と同じもので、こんなことにも日向はやはりと嬉しくなる。
「鶴先輩、先程の件お引き受けします。尾白先輩もくれぐれもよろしくと」
その勢いのまま伝えると雨月と鶴先輩が手に手を取って喜んだ。
「本当にありがとう日向くん。あなたのお相手―の殿――いえ、尾白くんにも感謝致しますわ。よろしくお願いしますわね」
「はい、こちらこそ」
鶴先輩と和やかに微笑み合う。テンションが上がった雨月がハイタッチを求めて来たのでそれに応えると、それをうずうずと参加したそうに見ていた鶴先輩も巻き込んだ。それからその先輩が胸元で手をあわせてうきうきとした様子で提案してくる。
「そうそう、私、“探し物”をするときにその人の見えているものが一緒に見えてしまうんですの。でもそれだとフェアではありませんから、代わりに私の好きな人のことを一つ教えるということで如何かしら」
いいんですかと動揺する日向と、どうか聞いてくださいましとにこにこと微笑む鶴先輩を交互に見やる雨月には呆然とした色がある。
それに気付いた日向がどうしたのかと問うと、若干戸惑った様子の雨月が恐る恐る、先輩も恋してるんですかと鶴先輩に聞く。鶴先輩がそうだと答えると雨月はぱちくりと目を瞬かせ、みんな大人だぁ、と調子外れの声をあげた。あまりにその様子が素直な感情に溢れていたので、鶴先輩も日向も声をあげて笑ってしまった。


授業と授業の合間に、日向は尾白から今話せるかと連絡をもらった。前の授業は早めに終わり次も移動はなかったので、短めの休憩ながら話せるだけの余裕はある。もっと言うなら、メッセージを送りあうより電話で話した方がレスポンスも早いし直接声が聞ける分お得である。そんな日向の顔色を読んだ玉生を含むクラスメイト達が、行ってこいと日向に生暖かい後押しをしてきた。彼らは日向の反応から今来たのが尾白からのメッセージで、その後の日向の思考――正確には欲望――すらも見抜いたらしい。どれだけ分かりやすい顔をしていたのか恥ずかしくなるも、日向は彼らの好意に甘えて尾白に電話でもいいかとメッセージを送りいそいそと廊下に出た。
すると尾白の方から電話がかかってくる。日向は廊下を移動していく生徒達を横目に窓辺に近付き、携帯を耳に当てる。尾白の声に集中した。
『悪いな、急に』
「いいえ、僕も話したかったですから」
うん、と答えてくれる好きな人の声がくすぐったく耳に届く。状況は尾白の方も同じらしく多少の余裕をもって話せるということだった。
『教えてくれた先輩のことだけど、桜だった』
日向は然もあらんと同意する。名前とつけているピンが同じ色だったから、それが強く印象に残ったのだろう。
「もう会いに行かれたんですか?早いですね」
『鉄は熱いうちに打てって言うしな』
鶴先輩のことは本人の了承を得て尾白にも伝えてあった。それにしても昨日の今日とは行動が早い。
尾白は一人になった時間に校内をあちこち巡ってできるだけ糸を見るようにしているそうだが、正直なところ効率は悪い。
あれから神無月は尾白の前で能力を使うことがなくなり、神無月のつけた糸が見つけにくくなった。おそらく糸をつけられた人達は神無月に命じられたことをするとき極力尾白と接触しないように立ち回っているのだと思われる。
どうしたって尾白達は後手に回らざるを得えず、それでもやっと得た契機だからと、罠だったらその時はその時と覚悟を決めて鶴先輩に会いに行ったようだ。
結論としては、警戒は必要だが鶴先輩は放っておいても大丈夫だということだった。
『俺の見る限り、あいつの糸はついてなかった。探し物をするっていうのも本当にそれだけみたいだしな』
それで、と日向が話をそこから繋げようとしたところ携帯の向こうにいる尾白が誰かから話しかけられた。会話が途切れる。
日向は尾白を待ちながら視線を中庭へ飛ばした。自然と目は青と白が織り成す空へ。今日は薄い青空の上ばかりに雲が集まり、まるで追いかけっこをしているような様相である。一つ上の階では尾白もこの光景を見ているのだろうか。
そんなことを思っていると携帯越しに囃し立てるような声が聞こえてくる。日向は慌てて耳をそばだてた。撮影会のことがあってからこの手のものには少々敏感になっている。
「……先輩?」
窺うように呼び掛けるとすぐに尾白の声が返ってきた。しかしその声音には若干辟易した色がある。
『ああ、何でもない。……いや、何でか俺が一人でいると、日向がどこにいるのか報告されるようになったんだよ』
直接会うのは控えているが、連絡はこまめに取り合っている。それらの情報と学校という条件、それにこれまで見聞きした行動パターンの蓄積があればなんとなく予想はつく。既に知っていると尾白が答えると、教えにきた生徒達に何故かやたらと喜ばれるのだそうだ。さきほども日向がどこそこにいるぞと言われたので、今まさに通話中の相手がその本人だと伝えるとあの反応が起きたらしい。
どうやら校内のネットワークの恐ろしさは尾白にも波及しているようだ。それに校内の生徒達の雰囲気が妙に浮き足立っているとも感じると尾白は雨月と似た所感を述べた。

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