Open sesame!2



だがいざ昼休みになると会えない辛さが身に染みてこの状態になっている。一度蜜の味を知ってしまったがために侘しい思いが一層切なく実感されるらしい。
尾白が言うには日向に非はなく尾白側の都合だということだが、それとて慰めになるかと言えば難しいだろう。
「日向ってば本当に先輩のこと好きね〜」
会えないだけでこんなになっちゃうんだから、と日向の消沈した背中に矢田川が労りを込めた声をかける。それに日向が、うん、すき、と今にも消え入りそうな声でますます儚げな雰囲気を醸し出してくるものだから俄然矢田川と勅使河原の態度が親身になる。母性本能を刺激されたらしい。玉生は椅子に座り直して改めて口を開く。
「でも、いつまでそうしていじけてても仕方ないだろ。まだ振られたわけじゃないんだし」
「……振られるっていうなら僕は初めから振られてる」
「いやそうじゃなくて――ややこしいな」
友の困った口振りに、日向が一声二声唸り勢いよく上体を起こした。その勢いで嫌な気分を振り切ろうとしたらしく、ふん、と鼻息を吹いて居直った日向の顔付きは多少なりともすっきりしている。暗さも薄れているようだ。
「ごめん、皆が話を聞いてくれるから甘えてた。落ち込むのはもう止める」
そう言いながらも三人を見回す無理に作っただろう表情はいかにも寂しげである。雨に打たれしょぼくれた犬の風情とでも言おうか。
「そ、そうだよ日向〜。ほら、先輩もそんなに時間はかけないって言ってくれたんでしょ?なら大丈夫だって〜」
そう言って矢田川が元気付けようとするのに日向も頷く。
「そうだね。先輩のことは信じたいし、信じようとも思ってる。その時にははっきり言ってくれる筈だ。……でも、僕を遠ざけてまで先輩を悩ませている理由が僕には分からない。それが――悔しくて」
三人の視線がまた合わさる。日向を落ち込ませているのはただ会えないだけではない。尾白が悩んでいること。その原因が分からないこと。それらに伴う自らの力不足。考えれば考えるほど答えが出ず、気分は沈む。
束の間降り立った沈黙を散らすように勅使河原が声をあげる。
「その、先輩に……言われた日って何を話してたの?も、もしかしたら関係あるかもしれないよ」
両方の拳を握って日向に迫る。思いの外ぐいぐいくる勅使河原に日向は椅子の上で若干身を引きつつ記憶を探った。
「何って、普通のことだよ」
雲のこと、弁当のこと、授業の内容。指折り数えて日向は友人達にあの日の尾白との他愛もない話の欠片を披露する。それから目を閉じて他に何かないかと思い返しているうちに、あっ、という声と共にぱちりと開いた瞼の下から艶のある夕焼け色の瞳が覗いた。
「――そういえばあのとき玉生の話もしてたかも」
「俺かよ」
突然友人Aから当事者に格上げされた玉生は、二人の恋路の邪魔をするつもりも割って入るつもりもないとすかさず抗議する。
「絶対にそんな心配はないし、有り得ないから。むしろ応援してる」
玉生にしては珍しい取り乱しようと強い口調に、逆に日向の方が戸惑った。
「それは分かってるし有り難いけど、何でそんなに必死なんだ」
玉生は険のある苦虫を噛み潰したような顔をした。玉生にしては表情筋の過労死を心配するほどの豊かな感情表現であり、そんな顔できたんだと誰かがそっと囁く。
「だってすごく馬に蹴られそうだろ。それも邪魔だからちょっと端に避けるんじゃなくて、再起不能になるまでやられそう」
「そうか?」
「そうだよ」
いまいち納得できないでいる日向に、うっかり踏み込んで大怪我などもっての他、玉生がするのもできるのも日向を後押ししてけしかけ、或いは尾白を相手に日向を推すに推す営業トークに励むのが精一杯だと説く。
一方、日向の口から玉生の名前が出るや否やハッと何かを思い付いた様子の矢田川と勅使河原は体を寄せあってひそひそ内緒話をしていたが、やがて二人とも頷きあって考えを口にする。
「ねえ、もしかしてさ」
「先輩って、や、やきもちやいたんじゃない?」
今度は玉生と日向が顔を見合わせる番である。
「いや、ううん……それは、どうだろう?」
「俺に聞かれても。あの人、分かりやすそうで分かりにくいし。でも一周回って分かりやすかったりするし」
「つまり?」
「俺に聞くより先輩に聞け」
「相変わらずばっさりだな」
日向は場違いに感心する。男二人の益体もない感想に矢田川と勅使河原はもどかしそうにしている。日向を抜いたこの三人は、というかクラスの過半数は日向と尾白の仲を応援するか見守るという意見で一致している。といっても面白がっているのが殆どだが、尾白側からの気持ちとなると解釈が割れることも多い。
「も〜、だから、他の男にモヤッとして気になるのは鉄板じゃん。ヤキモチいいじゃん、ヤキモチ」
どうあっても持論を諦めきれない矢田川に玉生が難色を示す。
「いや、この場合その他の男になるの俺だからな?応援はしたいけど巻き込まれるのは御免だから」
「こ、この際玉生くんのことは置いておいて、気にすべきは尾白先輩が日向くんをそういう意味で意識したかどうかだと思います」
至極真面目な態度で片手をあげて意見を発表する勅使河原。それもそうねと矢田川が冷静に同意し、玉生は勅使河原の予想外の押しの強さに狼狽えている。
日向の頭の上で交わされる言い合い、もとい話し合いは既に日向自身より三人を主軸にしたものに移っている。そんな状況で当の日向はどうしているかというと、三人の会話を聞き流しながら勅使河原さん強くなったなあと呑気な感想を抱いていた。ここぞという時の引かない強さが出てきたと思う。矢田川も玉生もどんどん遠慮がなくなって、等身大で向き合っている感じがした。
日向がのんびりしているのは三人が本気で対立しているわけではなく、それがじゃれあいやコミュニケーションの範疇だと理解しているからだ。それも自分を心配してのものだと思うと尚のこと有り難く、気持ちが和んでくる。
さて、となんだか手持ち無沙汰になった日向が周囲を見回すとそわそわとこちらを窺っていた生徒達と次々に目が合っていく。どうやら予想以上に注目の的になっていたらしい。目があった以上はどうしようもなく、日向がへらりと笑ってみせると今か今かと身に余る好奇心を高ぶらせていた彼ら彼女らにはそれがゴーサインの合図となってしまったようだ。わらわらと他の生徒達が日向の机の周りに押し寄せてくる。まずは女子が、次にその女子に釣られた男子もやってきた。あまりに急激に高まった人口密度に日向と日向の席の近くにいた三人は目を白黒させる。
「ねえねえ、どういうことなの。何があったの」
「まさか振られたのか日向」
「ええー、そんなのやだぁ。私の活力が」
「何だよ、何かあったんなら教えろよー」
てんで好き勝手に喋りまくるクラスメイト達の集団は実は騒ぎたいだけなのではないかと思われる統率のなさで、その混雑のなか一人の男子生徒が日向の後ろに忍んできた。これ幸いと耳打ちしてくる。
「なあなあ、前から聞きたかったんだけど先輩の知り合いでいい人いない?モデル仲間とかさ。俺年上が好みなんだよね〜。あ、ダブルデートとかどう?日向も先輩にアピールできていいだろ?」
急なことに固まっている日向とその男子生徒の間にぬっと何かが差し込まれる。玉生が身を乗り出して日向の首にバリケードのように腕を回していた。
「そんなに一気に来たら日向も驚くだろ。知りたいやつには後で教えてやるから、散れ散れ」
さすがに怪我をしている玉生の制止には逆らえないのか、クラスメイト達は一時のテンションを落ち着かせて日向の席から退き始める。緩まった攻勢に玉生は腕を外して日向に小さく笑いかけ、日向も眉を下げて笑い返す。矢田川も勅使河原も自分達の周りに集まった女子達を宥めにかかっていたが、そこに一陣の風――雨月が飛び込んできた。
「お待たせ!プリン、プリン食べよう!」
人混みをものともせず掻き分け、雨月はへいお待ち!と日向の机にプリンを叩き付ける勢いで置いた。日向の手にスプーンまで握らせる。
「食べると元気になるよ!ね!」
とびきりの笑顔で食べてみろと勧める。
見ると、雨月が持ってきたのは日向の好みの固めのプリンだった。どうやら彼女は落ち込む日向のためにひとっ走り買いにいってくれたらしい。卯月情報だとピースサインで誇らしげにする雨月は、矢田川や勅使河原に労われ褒められ照れている。
「貰っとけよ日向」
「……うん。ありがとう、雨月さん」
「どういたしまして!」
玉生も勧め、日向が承知して礼を言い、雨月は敬礼して百点満点のお返事をする。それだけでも元気を貰った気になる日向だが、蓋を剥がしてプリンをゆっくり口に含むと表情がほっと緩んで喜色に染まった。
そのまま他のクラスメイト達は雨月を中心とした別の話題に熱中し始め、矢田川も勅使河原も日向と玉生に目配せをするとその輪に加わりにいく。日向の傍には玉生がいるだけになった。
友人達からの好意の詰まったプリンが舌の上で解ける。しっかりとした食感とふんわり口に広がり鼻に抜ける風味はこの甘さを味わいきるのにちょうどいい。苦味のあるカラメルもほどよく舌に馴染み、とても美味しかった。そう、美味しいのだが――先輩も一緒に食べられたら良かったのにと日向の面上に拭いきれない願望が浮かぶ。
「このまま大人しく待つつもりはないんだろ」
玉生が落とした呟きに日向が顔を上げる。眼鏡の下、その夕焼け色の瞳の中心にちろちろと強い意思が瞬いた。
日向が顔を引き締めて勿論だと頷くと玉生は目を細め、去年の尾白の写真を入手したからうまくいった暁には是非その写真を日向に進呈しようと提案する。すると日向はその名に相応しくぱあっと表情を明るくした。例え日向を取り巻く暗雲があったとしても、その一瞬で不穏な影は霧散してしまっただろうと思える明るさだった。
分かって言った事とはいえ、効果覿面過ぎて少し引いたと後に玉生は語る。


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