花結び15




いつでも誘い合わせて二人一緒に色々なことをした。危ないことや無茶なことをして叱られることもあったが、およそ子供が憧れ体験したいと思うような冒険や出来事を時には他の子供も交えて全力で遊んだという。
「中学は別だったんですか?」
彼女の脳裏に展開されているだろう思い出を壊さぬよう差し出した日向の問いはそれでも彼女に過去の幸福を今にはないものだと知らしめるには十分だったようで、夢から覚めたように瞬き、中学に上がる前に引っ越したのだと言う卯月の口の端には拭いきれぬ寂しさがあった。しかしそのまま塩垂れている彼女ではない。気を持ち直して背筋を伸ばし、尾白と日向の顔を見比べながら聞き取りやすい口調で語って聞かせる。
「親の都合で随分遠くに。いつも一緒だったから、最初は雨月がいないことに慣れなかった。でもそのうちこのままじゃいけないと思って、勉強もファッションも頑張ったの」
結構様になってるでしょ、と卯月は男二人に自分を指し示す。
「体だって鍛えたし、友達もそれなりに。……うん、向こうでもうまくやれてたと思う」
尾白も日向も、卯月が喋りやすいように下手な横槍は入れないでいる。日向は神妙に彼女の話に耳を傾け、尾白は相変わらず腑抜けた態度でだらけたままだ。
「高校でこっちに来たのは偶然と言えば嘘になる。そりゃあちょっとは期待したけど、まさか本当に同じ高校になるとは思わなかった」
いよいよ話が核心に触れてきたので、三人の間に俄に緊張の糸が張り詰めてくる。
「この学校で初めて雨月を見たときは本当に驚いたわ。こんなことが本当にあるんだって信じられなかった。でも、あの子だってすぐに分かった」
その時の気持ちが思い出されたのだろう、やわらかく表情を綻ばせる卯月は可愛らしい容姿と相俟ってなかなか絵になる構図だった。しかしそこからがおかしかった。
「だから私、どうせならうんと驚かせててやろうと思って、思いっきり凝った演出を考えたのよ」
これしかないと瞳を輝かせて自信満々に言いきる彼女に、尾白はせっかく張られた緊張の糸が音を立てて切られるのを感じた。しかしなぜか日向は同調しその意気だと頷いている。どうやら通じあうものがあったらしい。
「……これ以上ないくらい完璧な計画だったんだけど、失敗しちゃった。話しかけることもできなかった」
打って変わって沈んだ様子の卯月。日向が彼女を見やる眼差しには相手への思いやりが見て取れる。この説明の間だけでも随分と情を移しているようだ。
一回失敗すると声をかけづらくなり、次の機会を求めて雨月の動向を探る内にずるずると今日まで来てしまったという。
「――以上、終わり。事情って言ってもこんなものよ」
最後を多少強引にまとめた卯月に日向は大層心を動かされた様子で、そんな後輩の身の入れようを横目で見ながら尾白が事も無げに言った。
「それでストーカーしてたわけか」
卯月はむっと表情を固くしたものの強いてそれを抑え、
「そうね。こっちとしてはそんなつもりなかったけど、雨月にしてみればそうなるわね」
と真正面から受けて立った。あれだけ刺があった彼女が事情を説明していく内に空気が抜けた風船のように思えた尾白だったが、どうやら挑発にやり返すだけの気概は残っているようだ。日向がまたそっと疑問を差し挟む。
「……その、今までお互いに連絡は取ってこなかったんですか?」
もっともな質問に卯月は何とも言えない顔になる。
雨月への連絡先は不注意で紛失してしまったらしい。彼女のうっかりは思いの外深刻のようだ。では雨月からの連絡はどうだったのかと聞くと、まず卯月の方から連絡を取る手筈になっていたのでこちらの連絡先は教えていなかったのだそうだ。二人の始まりは雨月からだったので、次は卯月からだと駄々を捏ねてそうしてもらったらしい。
当時はどちらも携帯も何も持っていなかったから、連絡の取りようがなかった。
「でも、連絡を取ろうと思えば他にいくらでもやりようはあったのよね。親や他の大人に聞いても良かったし、ネットだってあったんだから。なんなら直接会いに行くことだってできた。でもあのときはそこまで頭が回らなくて……雨月がくれたものを無くした私に、そんな資格がないような気がしたのよね。そしたら何もできなくなって……今と同じ」
それからこれだけは今も持っているのだというキーホルダーを見せてくれた。
小さくて白い毛玉のそれは普段から丁重に扱われているのだと分かる。少しへたった真っ白いふさふさとした毛並みは、再会を約束する品として別れる前に贈りあったものだという。
尾白は日向に目顔で問うが、後輩は首を横に振った。残念ながら雨月が今もこれと同じものを所持しているかは分からないようだ。
尾白とて態度はどうあれ聞くだけのことは聞いている。だがそれと同じくらい自分の目的を早く遂げてしまいたい思いもあった。尾白は日向を度々気にする。この物好きな後輩は目の前の少女と似た性状を持っている。今までの話を聞いてこの女生徒に随分親身になっているようだから、のめり込み過ぎない内にそろそろ切り上げた方がいいかもしれない。
そう思って動こうとしたが遅かった。尾白が自分達の用件について再度確認しようとした矢先、日向が勢い込んで卯月に言う。
「大丈夫です、きっとまた雨月さんと仲良くできます。僕、協力しますから!」
星が散る瞳で言い切り、前のめりで力説する。卯月は日向の唐突な提案に目を白黒させていた。そいつはそういうやつだと内心呟く尾白へ、日向が振り返る。
「先輩、いいですか?」
いいですかもなにも尾白が許可を出す謂われはないのだが――後輩のその真っ直ぐな瞳と見つめ合い、尾白は目をそらした。
そこには尾白に好意を伝えた時と同じ熱量の意思の強さが爛々と宿されており、その確固たる意思が眼鏡越しの夕焼け色の瞳を艶々と輝かせている。この上ないやる気が日向を包んでいた。
これは駄目だ。完全に火がついてしまった。
卯月に視線をやるとぷいと顔をそらされる。どちらにしろこのままでは彼女からこれ以上情報を引き出すのは難しいだろう。
尾白はこのところ身辺に変わりはないか日向に尋ね、その答えに後輩はペンを掲げてみせた。駄目押しに尾白先輩が教室に来た日からありませんと答える。
そのまま尾白の裁量を待つ日向が大好きなご主人からの命令を待つ忠犬のようで、なんだか急激に尾白の気が抜ける。ついでに表情筋も緩み、気付いたら好きにしろと答えていた。



「どうだ?」
「まだ動きはありません」
またしても廊下の片隅でこっそり生徒の往来を見守る尾白と日向である。今回は図書室に通じる廊下を見張っている最中だった。二階に上がってすぐ手前、回の字の横長の方に図書室はあるのだが、階段の壁に沿って日向が下、尾白が上になり縦に並んで潜んでいる。こういう時すっかり馴染んだ配置だった。自然と回の字の縦の方にも目を配ることになるが、ターゲットは既に図書室に入っているので主に注意が必要なのは横長の方の廊下になる。卯月も別の場所に潜み、機を見て姿を見せる予定だった。
話し合い――というより主に卯月の要望により、劇的な再会はどうしても外せないとのことでそのシチュエーション作りを手伝っている最中だった。本日はチンピラ二人に絡まれた雨月を偶然通りがかった卯月が助けるというシナリオで、言うまでもなくチンピラ役は尾白と日向の役になる。
どちらも整髪料で前髪をそれっぽくあげ、制服も見苦しくない程度に着崩している。そうでもなくても尾白は大体いつもだるそうだから、これで柄の悪い態度に人相も悪くすればそれなりに見えるだろう。日向も必要以上に身繕いを整え冷たく取り澄ませば頭脳派チンピラとしていけそうだったが、あくまで雨月に声をかけることが目的なのでそこまでキャラ付けに拘ることはなかろうと尾白と同じ路線にしている。
そうして出来上がった後輩はワルな先輩に憧れ、その先輩のファッションを真似て殊更熱心について回る舎弟といった風情で、そういう意味では普段とあまり変わっていない。
そもそもチンピラ役は雨月と顔見知りなのだ。先日呼び出しに協力してもらった徳さんとも昼休みという限られた時間のなかで悪戦苦闘、侃々諤々のやり取りの末に熱い友情を交わしたというから、そんな彼女を前にして適当にも程があるこの作戦が果たしてうまくいくかどうか、非常に心許ない。
下手に小細工をするから失敗を繰り返すことになるのだと思うのだが、とにかく卯月はこの路線でいくと言って聞かなかった。こう言っては何だが彼女の取る作戦はどうにも穴が多く行き当たりばったりの印象である。加えて本人も相当のうっかりだ。彼女が完璧と自負していた一番初めの作戦も、その内容如何に限らず失敗が約束されていたのではないかと思わずにいられない尾白である。
といってもあまり長く彼女の個人的事情に付き合っているわけにもいかないので、尾白と日向が協力する期間を設け、それまでに望む再会ができなければいい加減に腹を括り本人に単身ぶつかってもらうことになっている。
縦に連なるようにして覗き込んだ体勢から日向が見上げてきて言う。
「でも先輩が手伝ってくれるとは思いませんでした。とても心強いです」
「ああ、まあな」
別に尾白が付き合う義理もなかったのだが、あれだけ大々的に日向と仲良しアピールをしておいてすぐに放っておくのもなんだか違う気がしたし、それに予期せぬ横道に逸れてしまったとはいえ本来の用件はまだ果たせていないのだ。それを聞かない限りは尾白もこの件から手を引けなかった。

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