ポケモン | ナノ



『帰りたい』が、『帰らなきゃいけない』に変わったのは、いつだったんだろう。


ノボリさんと同じ匂いのするベッドの中で、その香りだけに包まれて
汗ばんだ素肌のままノボリさんの背中を抱きしめて、ふと思った。

きっとその時が、取り返しのつかないこの恋の始まりだったんだろう。

「ッ、ナマエ様」
「ん、ぅ……ふっ」

ノボリさんが身じろいだ拍子に繋がったままの部分がずくりと疼くように痛む。
思わず鼻から甘えたような声が抜けて、咄嗟に噛みしめた唇をノボリさんの舌がなぞった。
ぬるりとそのまま口の中に入ってきた厚い舌が、すべてを貪るように呼吸を奪って、頭がくらくらするのに、堪らなく気持ちよくて、自分のソコが、無意識にきゅうっと締まるのがわかる。
女の子の身体って、すごい。

(こんな、の……っ)

こんな、痛くて
なのに熱くて、気持ちよくて
幸せだって、思ったの、初めてだ。

全部、全部、ノボリさんが初めて。


ノボリさんが初めてで、よかった。


(だって、きっとこれで忘れない……)


俺はこの先、ノボリさん以上の人には出会えないだろうけど
それでもいつか、また誰かに恋をした時
その誰かとこうして夜を過ごす時

絶対にノボリさんのこと、思い出す。

胸が張り裂けそうなほど切なくて
だけど人生で一番満たされていた、この夜を。


「の、ぼ…り、さ……っ」


ねぇ、叶うなら
あんたも同じだったなら、嬉しい。


(――俺が、いなくなっても、)


覚えていて。
時々でいいから、思い出してほしい。

我儘だって、わかってるけど


あんたの中の“俺”を、ずっと消さないでいてほしいんだ。



(好き。好き。好きだよ――ノボリさん、愛して る)



ねぇ、知らないだろ。
あんたのこと、好きすぎてバカなこと考えてるんだ。

結局俺がこの世界に来た理由はわからない。
だけど俺が“女の子”になったのは、このためだったんじゃないかって。

ノボリさんに出会って、恋をして

こうしてひとつになるためだったんじゃないかって、そんなことを思ってる。


(それくらい、好きだよ)


言葉にできない気持ちを込めて、離れた唇に縋るようにまたキスをする。

そうすると、腰に回っていたノボリさんの掌にぎゅっと力が込められて
中に、入ったままのそれがまた大きく脈打ったのがわかって、思わず苦笑いした。

「ノボリさん、の、すけべ」
「ッ〜〜〜あ、まり…煽るのは、お薦めしません、よ」
「あ、は……こわ、い、なぁ……」

ノボリさん。
ノボリさん。

本当はさ、こうしてずっとあんたの傍にいたい。

バカなこと言って、笑い合って。
時々ケンカして、仲直りして。
何もこわがらず、『好きだ』って、言いたい。

もっと、あんたの喜んだ顔を、近くでずっと見ていたい。


だけど、恐いんだ。


(いつか突然、もとの世界に帰ったら……)


あんたに、『好きだ』ってちゃんと伝えて
何も考えずにその腕の中に飛び込んで、真綿に包まれた幸せを享受して
だけどそれが、いつか前触れもなく唐突に終わってしまったら

そう思ったら、堪らなく恐い。

『いつか』に怯えながら過ごすのが、恐いんだ。


(だから、許して――……いや、許してくれなくて、いい)


臆病者の俺を
いつかあんたを失うのが恐くて、手離すことで自分を守ろうとしてる
そんな卑怯で弱虫な俺を、許さないで。

ずっと、許さないで。



「 愛しています、ナマエ様 」



囁く声に、聴こえないふりをして目を閉じる。


(――ああ、ちくしょう)


このまま朝なんて、来なければいいのに。







(13.02.20)