「ん、インゴ、さん…インゴさ、ん」
ちゅっ、ちゅっと聞こえよがしな音を立て、膝に跨ったナマエが懸命に唇を重ね合わせる。 自ら首に腕を回してきたその背を緩く抱いて支えながら、強請るように薄ら開かれた唇を割り、舌を忍ばせればじわりと滲むチョコレートの味。そして仄かにアルコールの香る吐息に、つい口角が上がってしまう。 アルコールに弱いことは知っていましたが、まさかウィスキー入りのチョコレート程度でこの有様とは全く、可愛らしいことです。
「んっ、ん……ふ、ぁ」
チョコレートの味も薄れてきた頃、絡めていた舌を解いて覗き込んだ瞳は、明らかな情欲に揺らめいていました。 物言いたげな潤んだ眼差しでじっとワタクシを見つめ、小さく喉を鳴らす。 何が言いたいのかなど、考えずともわかります。 しかしこうも素直な反応をされれば、意地悪をしてやりたくなるのが男心。 恨むのなら、普段の天邪鬼な自分を恨みなさい。
「――こら。はしたないまねをするのはよしなさい」 「ッ……!」
アクションを起こさないワタクシに焦れたのか、はたまた拙い誘惑のつもりか、ゆるりと腰を揺らしてワタクシの太腿に熱を持つ部分を擦りつけたナマエの臀部を、幼児の躾を真似て軽く叩いてやる。 決して認めようとしませんが、マゾヒストの素質を持つナマエにはそれさえ甘美な刺激に他ならない。 一瞬息をつめた唇が、は、と短く甘い吐息を吐きだして、一層蕩けた瞳でワタクシを捉える。 アルコールの作用だけではないのでしょう。とにかくナマエの体温は非常に高く、持て余した熱が姿を変え、透明な雫として次々に頬を転がり落ちていく様が、ひどく扇情的でした。
「だっ て…インゴさん、わた、し……!」
白く繊細な指が、ワタクシのシャツを握りしめて小さく震える。 それを掌で包み込み、顔を上げたナマエの瞳の中で、ひどく優しげな顔をしたワタクシが目を細めていた。
「――どうしたい、と?」 「ッ……!」 「教えて頂かなければ、わかりませんよ?」
言って、喘ぐ唇を一舐め。 反射的に開かれる口唇の誘いに、今度は乗ってやらない。 ただ子供の戯れのように唇を押しつけ、軽く吸ってやるだけに留めれば、こちらの意図に気づいたナマエがもどかしそうに身をよじり、肩を押して距離を取る。
『違う』と、『足りない』と、潤んだ瞳が雄弁に物語る。
けれどお生憎様。 今日のワタクシは、いつものように甘やかしてやるつもりは毛頭ないのです。
「ナマエ」 「っ……ぅ」 「言ってごらんなさい。できるでしょう?」
「――し……っ、たぃ…」
眉を八の字にして、消え入りそうな涙声が絞り出すようにそう紡ぐ。 その表情に、赤く染まった頬を濡らす涙に、心臓がぞくりと震えました。
ああ、ナマエ。ナマエ。 これだからお前を手放せない。 もっと、もっと、追い詰めてやりたい。泣かせてやりたい。 泣いてワタクシを求める姿が見たいのです。
「……そうですか。ですが、」
言葉を切り、小さくため息をついたワタクシに、ナマエはまた容易く揺さぶられる。 その素直さはまさに美徳と言えるでしょう。こんなにも気分が良いのは久方ぶりでございます。
「――申し訳ありませんがワタクシ、今夜は少々疲れておりまして、そういう気分ではないのです」 「そっ、な……!」 「ですから、ね。ナマエ」
するりと顎を掬い上げ、睫毛を濡らす雫に口付けてやれば、せめぎ合う絶望と期待にナマエが密かに息を飲む。 ええ、そうです。お前は、ワタクシの言動に一喜一憂しているときが一番可愛らしい。
「ワタクシを、“その気”にさせてごらんなさい」
ほら、また。 最高にいい顔をしていますよ。
(12.11.15)
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