(※なんとなく『惜しみなく〜』と繋がってます)
「インゴさん重いです」 「……それが疲れて帰ってきた夫に言うセリフですか」 「誰が夫ですか私は結婚した覚えなんてありませんよ」 「お前が頷けば済む話です」
言いながら、ソファに座っている私の膝を占拠したインゴさんは目を細めて、掬い上げた私の左手薬指の根元を、親指で不満げに撫でた。 本来ならそこにはインゴさんがくれた、いわゆる婚約指輪というモノが嵌っている筈なんだけど、生憎普段は身に着けていない。 だって鉄道員は基本的にアクセサリー禁止だし(ボス達は例外だけど)、誰かにひやかされるのはごめんだ。 それになにより、持ち歩いて失くしてしまうのが恐ろしい。金額的に考えても。 だからいつもは部屋の鍵付き引き出しの奥に、大事に大事にしまってあるんだけど、インゴさんはどうもそれがお気に召さないらしい。
すっかり拗ねて無言になってしまったインゴさんの、少し硬い金髪を指で梳くようにして撫でつける。 うっすら段を付けたように残った制帽の跡さえ無性に愛しいのだから、私も大概だ。 こうして毎晩同じ部屋で過ごすようになるまで思いもしなかった――と言うか、そもそもちょっと前までまさか自分がインゴさんと同棲することになるなんて想像することすらできなかったんだけど、とにかく私は、自覚しているよりももっと、きっと、インゴさんが思っているよりもずっと、インゴさんのことを――……
(って、何恥ずかしいこと考えて……!!)
口にこそ出していないけど、ふと我に返って物凄い恥ずかしさに襲われた。 あああもうそれもこれも全部インゴさんのせいだ!!インゴさんが…っ普段はいじわるばっかりのくせに部屋で二人っきりになると途端に甘々っていうかむしろちょっと甘えてきたりなんかするから私までつられて……!
「――ナマエ」 「なッ、んですか!?」 「……手が、止まっていますよ」
チョロネコですかあなたは。 私の過剰な反応に少々訝しげな目をしながらも、ごそごそと収まりのいい体勢を探して寝返りを打ったインゴさんが鼻で息をつく。そうして促すように瞼を伏せられると、いつの間にかすっかり従順になってしまった私の手は、またゆっくりとインゴさんの金糸へ伸びて――そしてふと、その合間でキラリと光ったものに意識を奪われた。
「インゴさん……ピアス、いつからしてるんですか?」 「……Hum?ああ……いつだったでしょうね。随分昔のことですから…もう、忘れてしまいました」
眠くなってきたのか、ちょっと反応が遅い。 触っても怒られないかと恐る恐る指先で耳の縁に触れて、指の腹で軽く耳朶を押し上げてじっくりそれを見ていると、なぜだかこう……胸が、モヤモヤ?してきた、ような。
「――だ…誰に、あけてもらったんです、か……?」
「………おや」
パチリ。 さっきまでのうとうと眠たげな様子が嘘みたいに、インゴさんが鋭い目を見開いて、じっと私の顔を仰ぎ見る。 う゛。な、んですか何が言いたいんですか。そんな見られると居心地悪いじゃないですか――なんて考えている内に、インゴさんの形のいい唇の端が、例の如くニヤリと吊り上った。
「気になりますか?」 「っ……別に!ちょっとした好奇心ですがなにか!?」 「嫉妬とは、お前も偶には可愛らしいことができるのですね」 「!!?だっ、だ…っだからそういうのじゃないですってば!!」
単なる好奇心です!!
思わず声を荒げて念を押した私に、インゴさんは相変わらずニヤニヤ。 肩を倒して仰向けに寝なおしたその腕が伸びてきて、咄嗟に身を竦めれば、するりと頬をなでる手の甲の低い体温にぞわりと背が粟立つ感覚。 そして少しだけ熱い指先に、穴なんて一度も開けたことのない耳朶を柔く捕えられ、いよいよ心臓が飛び跳ねた。
「もし、あけたくなったなら言いなさい」
「――こちらの『ハジメテ』も、ワタクシが頂きます」
「ッ〜〜〜〜!!!」
その、無駄に整ったドヤ顔があまりにも腹立たしかったので、膝から落っことしてやりました!
(12.08.20)
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