ポケモン | ナノ

世間はやれホワイトクリスマスだとかクリスマスイブだとか、一歩外に出ればどこもかしこもイルミネーションやらヒイラギの飾りつけで溢れて、押し付けがましいほどに12月25日をアピールする。しかも軽く一ヶ月は前から。

(みんな好きだよなぁ……)

――なんて、机にうつ伏せてグリグリとミミズの這ったような文字をひたすら書き続ける私も実は、例外ではなかったりする。
クリスマスは好きだ。子供の頃は、25日の朝が楽しみで仕方がなかった。
白いクリームがたっぷり乗っかったケーキを頬張る瞬間が大好きだった。
家族でご馳走を囲んで、プレゼントを交換して、わいわい騒ぐ。
クリスマスって、世界中のどんな人もそういう過ごし方をするものだと思ってた――社会人になるまでは。

(ううう……私だって、クリスマスを楽しく過ごしたい…っ!)

ポケモンバトルが大好きで就職を決めたこのバトルサブウェイ。
運よく腕を買われてシングルトレインのバトル担当にしてもらえたのは良いけど、やっぱりバトルだけがお仕事だなんて、そんな甘い話はないわけでして。
苦手な書類が溜まりに溜まった結果、よりにもよってクリスマスイブの今日、ボスの雷を落とされてしまった。
そんなわけで、ただいま私は絶賛サービス残業中なのだ(――いや、わかってる。わかってるよ私が悪いんだって!)

「あぁー…っ!でも、何も今日じゃなくたって……!」

残念なことに特に誰かと約束してるわけじゃなかったけど――まぁ、明日は休みをもらってるから、久しぶりに今夜は実家に帰っておいしいご飯を食べさせてもらおうかなぁ、とか思って朝から楽しみにしてたのに。
ボス、ひどい。意地悪にもほどがある。

(最近は特に――く、口寂しいからって…キス、とか!するし!)

そりゃモテモテ百戦錬磨のボスにとってはキスなんてなんともないのかもしれないけど。私は、お恥ずかしい話今までポケモンバトルにばっかり情熱を注ぎ込んでいたこともあって、恋愛経験とか――もちろん男性経験なんてものも、ないわけで。
なのにボスはそんなのお構いなしに、定期的に私を自分の執務室に呼びつけて、満足するまでその……好き勝手、する、から。皆に変な噂、されちゃうし……!

(なんか、考えてたら腹立ってきたかも……!)

バカバカバカ!!ボスのバ――


「ナマエ、入りますよ」


――!!!!

計ったかのようなタイミングで、今まさに悪態をついていたボスの声。
心の中で絶叫して、私は咄嗟にその場にうつ伏せて狸寝入りを決め込んだ。
だって、ただでさえ挫けそうなこんな時に更にボスのお小言なんか追加された日には、さすがにポキッといってしまうかも知れない。私の心が。
冷静に考えてみれば転寝なんかしてた方が余計にボスの反感を買ってしまうなんてことはわかりきっていたのに、その時はもうそんなことまで考えていられなかった。

「…………はぁ」
「(ため息…!!)」

カチャとドアが開く音に続いたのはボスのやたら溜めたため息だった。
それだけで私は内心冷や汗ダラダラだ。
ああもうお願いします。お願いしますボス私見ての通り寝てるんです!そのまま出てってください!!
必死に祈る心に反して、背中でカツンとボスの、足音(ひえ、え!)

(なになにな――にィ?!)

さらり。
ボスの指先が、私の首筋にかかる髪をそっと避けた――直後、生温かい、吐息。

「ッ、ふ!」

や、ばか、私――声!
いいいいやでも、な、なんで?なんで、え、え?いま、なに?
熱くて、湿ったもの、が、なっ舐め……?!

「――おや、本当に眠ってしまっているようですね」

〜〜〜〜ッッセーフ!!!
な、なにはともあれ!ボスに狸寝入りはバレてないみたいだ。
さあさあボス!もうわかったでしょ私、寝ちゃってるんです!!寝ちゃってますから早く出て行っ、

(て――え、?)

ふわ、身体が急に、宙に浮いて床から離れた足が不安定に揺れる。
なに、これ――わ、私もしかして、ボスに抱き上げられてる?!

(え、嘘!もしかしてこのまま落とされるんじゃ――!!)

一瞬、床に叩きつけられる刺激的な「おはようございます」を想像して、思わず身体に力が入ってしまった。
……だけど、想像よりもずっとずっと優しく――まるで壊れ物を扱うみたいにそうっと降ろされた先は、固くて冷たい床なんかじゃなくて、私たち鉄道員が仮眠に使うための柔らかいソファの上、だった(あ、れ…?)
どっ、どうしようもしかしてこれ――ボス、私のことを気遣って……?

「……ナマエ」

あ、う…!な、なんて声で、呼ぶんですかそんな!
え、え?しかもなんか、ほっぺ、撫でられて、る…?(あ、素手、だ)
くっ、くすぐったいですボス。――と言うか、寝てる年頃の女の子を勝手に触るとかどういう神経してるんですか!
言ってやりたい、けど……わ、私寝てることになってる、から…言えない……!
――そんなこんなでボスのされるがままになってるうちに、不意にプツッと、胸元で違和感を感じた。

(え――な、に…?)

ボスの手が、私の胸元から徐々に下に降りていくのがわかる。
プツッ、プツッ、て。何かを弾くような小さな振動。その度に、なんだか胸元がヒヤッとする。
一体何が起こっているのか、理解できなくて、薄っすら目を開けて確認したその光景に私は息を呑んだ。

(ちょっ……!!!)

なんっ、なんで!なんで服、脱がせてるんですかボス……!
ああああ最悪!最悪だもうブラ、丸見えにな、ってる、う、ううう!なんなの、これ、泣き、たい!

「……ふん。これでもまだ起きませんか――でしたら、」

違うんです違うんですボス。起きないんじゃないんです起きてるけど起きられないんですこの状況!!
そんな私の切実な心の叫びも虚しく、ボスが殊更にゆっくりと身体を屈め、て、

「っ、ぅ…!」

ちゅ、って。
ちゅっ、て!む、む、胸に、キスしてきたんですけどこれどうしたらいいの教えてくださいクラウドさん!!(というか助けて!!)

(あ、ぁ…あ……っ!)

ねぇこれ、ダメじゃないですか。おかしくないですか。
いくら上司だからって部下にこんなことして良いんですか寝てる女の子好き勝手して良いんですか。出るとこ出たら勝てる気がするんですけど……!!

パニックになった私がそんなことをグルグル考えている間に、より深刻な、一刻を争う事態に。
――そう、ボスの手が遂に、私のスカートの中に伸びて……あろうことか、下着の端に指を引っ掛けてずり降ろすという暴挙にでたのだ。

「きゃああああ!!ボスッ!やだぁっ!!」

こうなったらもう狸寝入りなんて悠長なことしてる場合じゃない。
慌てて起き上がって、太股まで降ろされかけたパンツを必死に掴むと、ボスは白々しく「おや、やっと起きましたか」なんて言いながら、手を離そうとしない(ちょ、っと!!)

「ボ、ボスッ!!何考えてるんですかぁっ!!」
「あなたこそ、残業中に居眠りとは良い度胸ではございませんか」
「うぐっ……!」

それを言われると、私も言い返せない。まさか今更狸寝入りでしたなんて言えるわけがないし。
言葉に詰まる私の顔を目を細めて眺めて、ボスはニヤリと意地悪く口角を上げた。

「手を離しなさい」
「!!い、嫌ですっ!絶対、いや…!!」
「上司命令です」
「それってパワハラって言うんじゃっ、あ、や!ダメ、ぇえ!!」

脱げちゃう!パンツ脱げちゃう!!なんでボス、こんな力強いの…!
あ あ、あ!う、そ 嘘、嘘!!
て、天国のおばあちゃんが「パンツは好きな人以外の前で脱いじゃダメ」って、言ってたのに…!!

「――ほう、これはまた。随分と生意気な」
「〜〜〜!!返してっ!返してくださいよぉぉ!!」

お気に入りの、可愛いフリルがついた私のパンツをしげしげと眺めて、なぜか苛立たしげに舌打ちしたボスの手からそれを必死に奪い返そうとするけど、ボスはそれをひょいと私の手の届かないところに持ち上げて、また底意地の悪い笑みを浮かべた(何がしたいんだこの人は!)

「返してほしいですか?」
「あああ当たり前じゃないですか!!」
「でしたら、」


『わたくしの言うことを、聞きなさい』


私からパンツを奪った悪魔は、これまで一度も見たこともない――心底愉しそうな顔で、そんな悪役染みた台詞を囁いた。



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