ポケモン | ナノ


「散らかっていて申し訳ございませんが、寛いでくださいまし」
「おっ、お邪魔します!」

不思議。
お休みの日に、ノボリさんと会ってる。地下鉄じゃなくて、地上で。ノボリさんの、おうちで。
帽子とコートのない私服のノボリさんはやっぱりちょっと違和感があったけど、いつもはコートで隠れているスラッとした身体の線が出てて、並んで歩いて改めて思ったんだけど、すごく背が高くて、なんだかドキドキしてしまう。
歩く早さもさりげなく私に合わせてくれたりするものだから、余計に緊張した。
やっぱりノボリさんは私なんかとは違う世界に住んでる人みたいだ。

(ていうか、おうちすごい広い……)

全然散らかってなんてないし、殆どがモノトーンで揃えられた家具は広いお部屋をすっきりと整って見せている。
マンションの外観を見たときから気づいてたけど、やっぱり相当高いお部屋だと思う。

「どうぞ。紅茶を淹れて参りますので、少々お待ちくださいね」
「あっいえ!おかまいなく!」

寝転がれそうな大きい黒いソファに私を案内して、ノボリさんはキッチンへ向かう。
どうしよう、声が裏返ってたかも。ノボリさんちょっと笑ってた。

(ううう、恥ずかしい……)

足元に鞄を置いて恥ずかしさに身を縮めていると、モンスターボールが小さく揺れて中からイーブイが出てきた。
寝起きなのか、眠そうに目をぐしぐししながら甘えて膝の上によじ登ってくる。
その仕草は可愛いけど、勝手に出てきちゃうのはこの子の悪い癖だ。

「こぉら、勝手に出てきちゃダメ。大人しくしてる約束だったでしょ?」
「?」
「もう、ダメだってば。今日はボールの中でいい子にしててよ。ね?」

言い聞かせても『どうして?』と言いたげに首を傾げて、鼻を鳴らしながら私の胸に頭を擦り付けてくる。
仕方なくその頭を撫でてあげながらため息をつくと、紅茶のいい匂いがふわりと香った。

「わたくしは構いませんよ」

トレイにティーカップとクッキーを乗せて戻ってきたノボリさんが小さく笑って向かいのソファに腰を降ろす。
「でも、」と私が言いよどむと、腕の中にいたイーブイはノボリさんの顔を見てハッと息を呑んだ。
この子はノボリさんがちょっと苦手みたいだ。途端に長い耳を伏せてプルプル震えだしたイーブイに、ノボリさんは困ったように微苦笑しながら小さなお菓子を差し出した。
知ってる、これ。ポフィンだ。

「どうぞ?」
「………」

ノボリさんと、ノボリさんの手にあるポフィンを戸惑いながら数回見比べて、イーブイはふんふんと鼻を鳴らした。
そして小さな口をあけて、ポフィンの端を少しだけかじる。イーブイの周りにぱぁっとピンク色の花が咲いたように見えた。

「気に入っていただけたようですね」
「(餌付けされた…)……すみません」
「いいえ。ナマエ様も遠慮なさらずにどうぞ」

ご機嫌になって耳をピコピコ動かしながらポフィンを食べるイーブイに呆れながら、ノボリさんに勧められるまま私も一つクッキーに手を伸ばす。あ、どうしよう、すごくおいしい。このクッキー、すごく好き!

「おいしいですっ!これ、どこのお店のですか?」
「わたくしの手作りでございます」
「――え……」
「お口にあったようで、安心いたしました」

何でもないことのように言って優雅にティーカップを傾けるノボリさん。
そんな彼を凝視したまま、私は思わず固まってしまった。
だってノボリさん料理も上手とか……うぅ、どこまですごいんだろうこの人。いやでもそれにしてもクッキーおいしい。

「まだたくさんございますので、良ければ持って帰ってくださいまし」
「……ありがとうございます」

イーブイのこと言えないなぁ、なんて思いながら、しっかりとお言葉に甘えることにした(だってすごくおいしい)

それから少しの間クッキー食べながらおしゃべりをして、ふと気づけば膝の上のイーブイがすやすや寝息を立てていた。
きっとお腹いっぱいになってまた眠くなったんだろう。その姿を見て、私はやっと今日の目的を思いだした。

「あっ…そ、それで!スーパーシングルのことなんですけど…!」

わざわざお休み潰してもらってまでノボリさんに付き合ってもらってるんだから、ちゃんとしなきゃ。
急に本題に入った私にノボリさんは一瞬きょとんとして、それから「ああ!」といきなり立ち上がる。
……もしかしてノボリさんも忘れてたんじゃ…と一瞬邪推してしまったけど、そんなことはなかった。
「ただ今用意いたしますので」
そう言って一度リビングを出て戻ってきたノボリさんの腕にはポケモン育成についての本だとか資料が大量に抱えられていて、私はその後、ノボリさんによる熱い講義を何時間にもわたって受講することになった(ノートとペン、一応持ってきておいて良かった…!)









「――と言うのが、わたくしの持論でございます」
「なるほど……」
「参考になりましたでしょうか?」

はい、と大きく頷いた私にノボリさんがふっと肩を下げて微笑した。
なんだか今日はノボリさんの笑った顔をたくさん見た気がする。それが何となく嬉しくて、くすぐったいようなふわふわした気持ちになって、誤魔化すように隣で寝ているイーブイに視線を落とすと、ノボリさんがテーブルの上に広げた資料の数々を手早く片付け始めた。

「思わず白熱してしまいました。今日はこの辺りにしておきましょう」

窓の外では夕日が沈もうとしている。いつの間にか結構時間が経ってたみたいだ。
ノボリさんのおかげで参考になるお話がたくさん聞けて、かなり充実した一日だったと思う。

「ノボリさん、本当にありがとうございます。すっごく勉強になりました!」
「お役に立てたなら光栄でございます」
「(あ、また…)」

ノボリさんの笑った顔、優しくて、好きだなぁ。
初めて会った時は怖い人かなって思ったけど、ノボリさんって実は面倒見が良いし、親切だし、全然そんなことなかった。
今日だってわざわざ私の相談に付き合ってくれて……

(『先生』――ううん、そうじゃなくて……あ、『お兄ちゃん』、か)

そうだ、ノボリさんって『お兄ちゃん』なんだ。実際(双子だけど)クダリさんっていう弟さんがいるし。
私は一人っ子だけど、『お兄ちゃん』ってきっと、こんな感じなんだ。

(ノボリさんがお兄ちゃんだったら嬉しいなぁ……)

カッコいいし、強いし、優しくてお料理もできるお兄ちゃんかぁ……クダリさんが羨ましいかも。
そう思った時、玄関の方からちょうどクダリさんの声がした。

「ただいまー。あー疲れた!ノボリ、まだクッキー残ってるー?」
「お疲れ様でございます。こら、お客様の前でだらしない格好をしないでくださいまし」
「お、おかえりなさい!お邪魔してます!」

ガチャッと音を立てて開かれたドアからネクタイに指を通しながらクダリさんがやってきて、慌てて立ち上がって頭を下げると、視線の合ったクダリさんがニッコリ笑った(同じ顔でも、笑った顔の印象なんかはかなり違うなぁ)

「いらっしゃいナマエちゃん!私服可愛いね。ノボリに変なことされなかった?」
「クダリッ!!」

クダリさんの冗談にノボリさんは目くじらを立てて顔を赤くした。
そんなに怒らなくても、ノボリさんが私みたいな子供に手を出さないことはクダリさんだってわかりきってるだろうに。
取りあえず場を和ませるために「あはは」と笑ってごまかし、まだ寝息を立てているイーブイをモンスターボールに戻した。

「あの、それじゃあ私、そろそろ帰ります。遅くまですみませんでした」
「ええ?折角だからご飯食べていきなよ。ノボリのご飯おいしいよ!」
「えっ、いえでも……」
「ご飯はみんなで食べた方がおいしい!帰りはちゃんとノボリに送らせるから、ね?」

(え、っと……)

どうしよう。困ってチラリとノボリさんを窺うと、私の予想とは違い、ノボリさんは乗り気なようだった。

「もし良ければそうしていってくださいまし。デザートにプリンも用意してございます」
「――……」

そして私はクダリさんに言われるままライブキャスターで家に連絡して、その日は結局ノボリさんに家まで送ってもらうことになった(プリンに釣られたわけじゃない、もん!)






(11.11.04)