ポケモン | ナノ


「あれ?どうしたのシャンデラ」

夕食の準備をしていると、リビングにいるノボリさんのシャンデラが何か言いたげに近づいてきた。
少し困ったように身体を揺らして、どうやら『リビングに行ってほしい』と伝えたいらしい。
どうしたんだろうと思いながらも料理を中断して手を拭き、リビングに向かう。

「ノボリさん?」

どうかしましたか、と部屋の中を覗き込んで、慌てて口を塞いだ。
ソファの上で少し窮屈そうに膝を曲げて、ノボリさんがすやすやと寝息を立てていた。

(寝ちゃったんだ……)

疲れてたのかな。
明日はお休みだから、今日のお仕事はたくさんあっただろうし。
隣でふわふわ浮いているシャンデラを振り向き、「ありがとう」と口パクでお礼を言うと、役目を果たしたとばかりに満足げな表情をしたシャンデラがモンスターボールに戻る。
それを見届けてから、なるべく物音を立てないようにして一度寝室に向かい、薄いブランケットを持ってもう一度リビングへ。
風邪ひいちゃったらいけないもんね。

「――おつかれさま」

ノボリさんを起こしてしまわないように小さな声で言って、肩からすっぽり、ふわりとブランケットをかける。
一瞬だけ「ん、」と小さく声を漏らして身を捩ったノボリさんが再び穏やかな寝息を零す様子を見ていると、自然と頬が緩んだ。
ノボリさんて、いつもはキリッとしてるから、寝てる時は結構幼く見える。
私はそんなノボリさんの寝顔が可愛くてとっても好きだなぁって思っているんだけど、いつも私より後に寝て私よりも先に起きちゃう人だから、なかなか拝む機会がない。
だから今日は、ちょっと浮かれてしまった。

(可愛い…ノボリさん……赤ちゃんみたい)

少しだけ開かれた唇が小さな三角形を作っていて、それが無性に愛おしい。
暫くの間ソファの横にしゃがみ込んでにへにへしながら眺めていると、不意に背凭れに掛けられたサブウェイマスターの黒いコートに目が行った。

(あ、コート、ハンガーにかけとかなきゃ)

クリーニングに出すから、持って帰ってもらってたんだった。
慌てて立ち上がって、コートを手に取る。

「――……」

見慣れたノボリさんの、黒いコート。
それが今、持ち主の手を離れて自分の手の内にある。
そう思うと、むくむくと頭をもたげた好奇心に勝つことはできなかった。

(ちょっ、ちょっとだけ…!)

ノボリさんが寝てるうちに、内緒で一回だけ、着させてもらおう。
うきうきしながらソファの後ろに回り(だってノボリさんが急に起きちゃったら困るから)カーペットを敷いた床に座り込んでコートに腕を通す。

(うわぁ…!やっぱりおっきい……!!)

ノボリさん、背高いもんなぁ。それに腕も…私これ、指先しか出ないや。
あ……それにこのコート、ノボリさんの匂いが、


パシャッ!


「………」

――え?
コートの襟元に軽く顔を埋めたとき、突然頭上でシャッター音のような音がして、一瞬思考が停止する。
ぽかんとしながらその出所へ顔を向けると、そこにはカメラを構えたノボリさん、の、姿が(え、?)

「…の、ノボリさ」
「わたくしのことでしたらお気になさらず。続けてくださいまし」
「え、え?いや、だってあの、」

パシャッ!パシャッ!

話している間も連打の勢いでシャッターを押すノボリさん(しかもちょっと息が荒い)に気押されて、逃げ腰になりながら後ろ手を床に突くと「そのポーズ、頂きますッ!!」とノボリさんが余計にハイテンションになったので思わず泣きそうになった。
ノボリさんは一度こうなると普段の物静かさが嘘みたいに、まるで別人だ。
そんなノボリさんが、実はちょっとだけ恐いと感じてしまう時がある。……例えば今とか(うわあああん!)

「のっ、ノボリさん!嫌です写真撮らないで…!」
「嫌がっているお顔も大変可憐でございます…!さぁその涙目のまま上目遣いくださいまし!」
「や!やっ…!ごめんなさい勝手にコート着たことなら謝りますからもう撮らないでー!!」
「ハァハァ!泣き顔おいしゅうございます!!さぁ次はちょっと脱いでみましょうか…!!」
「??!」

片手にカメラを構えたまま、ゆらりと立ち上がったノボリさんが軽々とソファを越えてこちらに手を伸ばしてくる(ひえ、え…!)
さすがにそれに捕まれば先の展開は見えすぎているので、私も立ち上がって逃げようとしたけど、ブカブカのコートのせいで素早さを奪われたどころか、裾を踏んで躓いてしまった。

「っ?!ひゃっ…!!」
「――お、っと」

グラリと体勢を崩して顔面から床にぶつかりそうになった私を救ってくれたのは、幸か不幸かノボリさんだった。
お腹に回った腕が私をぎゅっと抱き寄せて、そのまま彼の腕の中に捕まってしまう(あぁ、う…!)
嫌な予感しかしない、けど……助けてくれたことは純粋に嬉しかったから、悔し紛れに小声でお礼を言うと、ノボリさんがクスクスと笑った振動がくっついている背中から伝わってきた。

「本当に、あなた様は可愛らしすぎて目が離せませんね」
「〜〜っ、ノボリさんは、時々変です!」
「そのように可愛らしい姿をされれば、変にもなります」
「っ……!」

わざと耳元に唇を寄せて、可愛い可愛いと囁かれれば抵抗する意志も段々と薄れてしまう。……いや、それがノボリさんの作戦だってことはわかっているんだけど、それでもやっぱり……す、好きな人に可愛いって言われたら…嬉しくなっちゃう、わけで。

「――そういうわけですので、『彼コート』の次は『裸彼コート』に挑戦してみませんか?」
「ッッ?!し、しませんっ!!!」

なにが『そういうわけ』なのか、嬉々としてコートの下に着ているシャツのボタンに伸ばされた手と散々格闘した末、結局最後は『写真は撮らない』という条件付きで、ノボリさんの希望に沿うかたちになってしまいまし、た……。




げに恐ろしきは れた弱み




「……どうせクリーニングに出すのですから、汚しても構いませんよね?」
「!!だっ、ダメ!!絶対にダメですからね?!」
「ふふ。『押すな押すな』ですね。わかっております」
「(全然わかってない…!!)」





(11.11.22)
元拍手お礼