ポケモン | ナノ


「ナマエー、おいでおいで」
「………」

嫌な予感がした。
ソファに座ったエメットさんが、笑って俺を手招きしてる。いや、エメットさんが笑ってるのはいつものことだけど、今はなんか、いつにも増してニヤニヤしてる気がした。
悲しいことにこの手の直感を外したことはない。関わらない方が身のためだろう。

「――ちょっと。どこ行くのさ」
「ぐぇ!」
「ほらほら、“イイモノ”見せたげるから座った座った」
「や、あの、結構です…っ」

無言でその場を切り抜けようとした俺の首をガッチリホールドして引きずり、強引にソファに座らせたエメットさんがDVDプレーヤーのリモコンを手に取った。
なんだ、映画でも見るのか。
……す、スプラッタとかホラーだったらどうしよう。

エメットさんの腕から抜け出すためにもがきながらそんなことを考えていると、一瞬暗くなった画面に映し出されたのはなんと、は…裸の、女の人、だった。

「ッッな!!?」
「アハ!ナマエ真っ赤ー」
「ぃっ、ちょっ、何考えてんですか一人で見てくださいよこんなの……!!」
「えー?だってナマエも元は“男の子”なんだからさ、興味あるでしょ?こーいうの」
「っ……!」

そ、そりゃあ、興味がないわけじゃ、ない、けど!!
だけどそんな、い、今この状態で――身体だけが“女の子”になってしまった状態で見たってそんなの、生殺しでしかないと言うか……!

『あぁん!!やっ、やぁ、っン!あっ、あっ!!』

「!!!」
「気に入った?ナマエが喜ぶと思ってさ、わざわざカントーモノ取り寄せたんだよ」

必死に顔を背けても耳に入ってしまう甘ったるい泣き声と、イヤラシイ音に肩が飛び跳ねた。
そんな俺を見てエメットさんは尚更楽しげにケラケラと笑い、あげく逸らしていた俺の顔を、顎を掴んでテレビ画面に向けて固定する。

(う ぁ、ば、馬鹿見るな俺……!)

暴れて逃げ出したい、のに、硬直した身体が動かない。
心臓が胸の奥でバクバク騒いで、体中の血液が沸き上る。目を、閉じればいいのに、どうしてもできない。
白くて艶めかしい、華奢な身体が、がたいの良い男に好き勝手揺すられて、丸い、胸が、いやらしく弾む。
その様が、くらくらするほど扇情的で、思わず凝視してしまう。
きっと、同じ女の身体でも、俺ではこうはならないだろう。

「……ねぇ、ナマエはその体になってからさ、オナニーはしたの?」
「、ッはぁ!?」
「あ、やっぱりしてないんだ」
「!!!」

な、なんて、露骨な……!!
真っ赤になって言葉を飲み込んだ俺に、エメットさんはまたしても意地悪く笑う。

これは、かなりマズイ。

「ッ…!」
「おっと」

本能的にそれを悟って、立ち上がろうとした俺の腕をエメットさんの手が素早く捕まえた。
そのまま強く引かれ、あっという間にソファに組み敷かれている。
耳元でソファの軋む音。息を飲む俺の頭上で、薄く陰ったエメットさんの唇がゆっくりと弧を描くのが見えた。

「男と女じゃ造りが全然違うからさ、ナマエも精神的に溜まってるんじゃないかと思って」
「よっ、余計なお世話です!!」
「でもさ、実際このままじゃ辛いでショ?」
「な、ぁ!?」

つい、と脇腹をなぞったエメットさんの指が、Tシャツ越しに胸の先端を的確に捉える。
生地の上からでも容易に見て取れるほど主張するそこに、風呂上りで下着をつけていなかった自分を心底呪った。

「ぇ、めっと、さん…っ、いい加減にしないと、本気で怒ります、よ……!」
「アハハ!やだなナマエ、そんなに可愛い顔で言われても、『もっとシて』って言ってるようにしか聞こえないよ!」
「ッバ、カにしてるんですか!俺はホント、に…っぅ!!」
「だぁーいじょうぶ。全部ボクに任せ、」

覆いかぶさってくるエメットさんの唇が『て』の音を発する直前、忽然とその姿が消えた。

「!!?」


「――エメット、コレを拾ったのはワタクシだと、何度言えばわかるのです」


インゴさん、だ。
そう思った時には、身体がふわりと浮いて、インゴさんの脇に抱えられていた。
突然の展開に驚いて声も出せずにいると、部屋の隅の方から「インゴのけたぐり半端ない…急所に当たった……」と死にそうなエメットさんの声が聞こえてくる。どうやらインゴさんに蹴飛ばされたらしい(正直いい気味だと思う)
だけどインゴさんはそんなの聞こえてもいないかのようにフンと一度鼻を鳴らして、俺を抱えたままスタスタと寝室に向かって歩き出した。



* * *



「インゴさん、ありがとうございま ッ!?」

ボスン。
弾む体の放り投げられた先がベッドであることに気づいて、ひくりと口端が引き攣る。
『まさか』と思って見上げれば、悲しいことにその『まさか』。
覆いかぶさってくる相手がエメットさんからインゴさんになっただけで、状況は一切変わらない。

つまり、ピンチだ。

「ッ…な、に考えてるんですかやめてください!!」
「……ペットの性欲処理も、飼い主の務めかと思いまして」
「ペット、じゃ、ない!!」
「そうしてキャンキャン喚くところなど、そのものではありませんか」
「〜〜〜ッ!!」

鼻で笑ったインゴさんが、じわじわと距離を詰めてきて、慌ててその肩を押し返すけど力では敵わない。
どうしろってんだ。この家でヒエラルキーの頂点に君臨するインゴさんがこうなってしまうと、他に誰か助けを求められる人なんていない。
そうこうしている間にインゴさんの手がするりとショートパンツの中に滑り込んで、ヤバいと思った時には既に、長い指先が俺のソコを直になぞっていた。

「――おや」
「っ……!」
「……あの程度でこの様とは、やはり欲求不満だったのでは?」
「――ッ!!」

違う。否定したくても、口を開けば情けない声が上がりそうで、手の甲を必死に唇に押しつけた。
そんな俺をひどく愉しそうに見下ろすインゴさんの指がその場所を弄る度、耳を塞ぎたくなるような水音が響く。

ダメだ ダメだ ダメだ

流されちゃいけない。
もっとちゃんと抵抗して、蹴飛ばしてでも逃げなきゃいけない、のに。
まるでそうされることを待ちわびていたかの様に、インゴさんが触る場所から痺れるような快楽が体の奥を浸食して、触られてないような所まで、全身ピリピリして。
どうしよう、俺、ほ…ほんとに『欲求不満』、なのかな。

「っふ…ぅ、え……っ」
「………なぜ泣きますか」
「だ、って……!」

馬鹿みたいに恥ずかしくて、泣けてくるんだ。
エメットさんの言うとおり、俺はこの女の身体で、どうすればこの熱を発散できるのか知らない。
だけど、だからって、そんな。
こんな自分でも制御の効かない体を、誰かに触られるなんて。


「も、ゃだ…っ、見るな、よぉ……!」


「――……」
「うぁ、!?」

無言になったインゴさんにいきなり腕を引っ張られて、背中がシーツから離れた。
かと思うと、トンと何かに抱きとめられて、お腹に回った腕に引き寄せられる。一瞬真っ白になった頭の中に、インゴさんの香水の匂いがふわりと過った。

「……これなら、構わないでしょう?」
「へ?ぇ、ぅ ひ!?やっ、インゴさっ」
「大人しくなさい」

背後、と言うか頭上からインゴさんの声がしたかと思うと、首筋をねっとりとしたもの這う感触。
思わず肩を飛び跳ねさせた俺を押さえつけて、そのまま肩口に唇を押しつけたインゴさんの手が、もう一度下着の中に潜り込んだ瞬間、反射的に腰を引いた俺は、そのことを酷く後悔した。

(!!?なんっ…!なん、で……!!)


なんで、勃ってる、んですか。


「ぃ…インゴ、さん……あの…っ」
「ん……?」
「ひっ!!ゃめっ、やめてくださ、それ…っ!」

絶対わざと押しつけてやがる……!
密着したままグリグリと腰を抉るように揺すられて、頭の中が煮え返ったように熱い。
加えて、さっきまでは入口で遊ぶだけだった指が、つぷんとゆっくり体内に、入って、きて、息が詰まった。

(あ、なに…なに、これ……こんな…っ!)

変な、感じだ。もうぬるぬるになってて、痛くは、ないけど。
でも、他人の指が自分の中を好き勝手に動く未知の恐怖に身体が動かなくなる。

「ふっ、ぅ…や……ぁっ」
「――ナマエ、もう少し力を抜きなさい」
「ん、ぅっ!!」

できるか、ばか。
器用に脚を絡め取られて動きを封じられたまま、どうにか首だけ振って拒絶の意思を示す。
と、お腹に回っていた手が、今度はTシャツの中に入り込み、抵抗する間もなく胸の先端を強く摘ままれた。

「ぃ、あ!やだっ!やだインゴさ、!」
「、感度は、よろしい様で」

わざとらしく耳元で息を吹きかけながらそう言って、インゴさんの指が、捉えたそこを執拗に弄る。
くにくに指で捏ねて、抓って、爪を立てられる度にまたあの電流が腰から駆け抜けていくようで、身体に思うように力が入らなくなる。
インゴさんの手を押さえつけるための手も、こんなに震えてちゃもう、縋ってるだけだ。

情けない。
なのに、どうしよう。

どうしようもないくらい、気持ちいい。

「あっ、ゃ…っあ、あ…っ!」

どうしちゃったんだろう俺。
まるでさっきのAVの女の人みたいな、こんな声出して。こんな音、させて。
恥ずかしい、のに、抑えておけない。
いつの間にか増やされていた指が、さっきよりも激しく中をかき混ぜて、爪先が引き攣りそうなほど丸くなる。

身体の中で何かが膨らんで、今にも弾けてしまいそうだ。

「っひあ!?ぁ、だめっ、そこ、ゃ、あ あっ!!」
「――ナマエ、」
「ん、む!ン、ぅ――ッッ!!」





と言う間、だった。駆け上がるのは、本当に。
抜き差しするのとは別の指で、陰核を容赦なく押しつぶされた瞬間、目の前がチカチカして、呼吸ができなくなった。

「ぷ、ぁ…っ」

それは、なぜか、インゴさんに唇を塞がれた、せいで。
なにがなんやら。頭が回らない。
ただ燻る熱からやっと解放された身体は妙にだるくて、腕を動かすのも億劫だ。
なんて、言うか…女の子の身体って、色んな意味ですごい。

(いや男の時だって同じようなだるさはあったけど、でも、根本的に違うって言うか……)

ぼんやり考えながら、インゴさんの胸に凭れた身体がズルズルと滑り落ちていく。
ああもう今日はこのまま何も考えず寝たい。
そして二度と目覚めたくない。

そんな思考と共に目を閉じようとした俺を、しかし背後のその人が見逃してくれるはずがなかった。


「お待ちなさい」


「ひ、!!!」

むんず、と遠慮なく胸を鷲掴みにしてシーツに沈みつつあった身体を引き戻される。
悔しいことにさっきまでの余韻を残した身体は痛みとは別のモノまでしっかりと感じ取って、ブルリと震えた俺を見るインゴさんの目は、猛禽類みたいな獰猛さが隠しきれていない。
火照っていた身体に、嫌な汗が噴き上がった。

「誰が勝手に寝ても良いと言いましたか」
「ゃ、あの…っだって、俺、もう……っ」
「自分だけ満足して終われると、本気で思っているのですか?」
「ッ……!」

もう一度、今度はさっきよりも更に凶暴になった熱が腰に押しつけられて、ぶわりと涙が浮かぶ。

そ、そりゃあ…ちょっと都合が良すぎる、かもしれない、けど
ま、まさかそんな……『コレ』の、相手をしろと……?

「――お前も、元は男だったのなら、この苦しさがわかるでしょう……?」
「そ、れ…は……でも、っ」
「ナマエ」

耳の縁を甘噛みされたまま、熱っぽい声に名前を呼ばれる。
弾かれたように跳ね上がった俺の横腹を撫で降りて、下着ごとショートパンツを掴んだ手がそれを脱がしにかかっているのは明白だ。
なのに、まるで催眠術にでもかかったかのように、身体が動かない。



「お前の身体で、鎮めてくださいまし」



ゴクリと生々しく鳴った喉の音が一体どちらのものなのか、それさえもわからなかった。






(12.06.30)