ポケモン | ナノ


「アールナイン?」
「そう、R9!9番道路のおっきなショッピングモール!」
「大抵のものはそこで揃います」

ガタンゴトン。電車が揺れる。
俺を挟んで右側にノボリさん、左側にクダリさん。
今日は平日らしく、電車の中は混んでいなくて三人とも楽に座ることができた。

ちなみに本日の俺の服装は昨日二人が買ってきた中で一番大人しいシャツにベストとショートパンツだ。
もちろん女物は嫌だと抗議したが、「悪目立ちするから」と押し切られてこのザマである。まぁ、二人と行動せざるを得ないこの状況で、変に目立つのはまた迷惑がかかってしまうかもしれないと思っての苦渋の決断だったわけだが。

しかしこの二人、座っていてもやはり背が高い。座高が違いすぎる。ただでさえ男として小柄だった上に更に縮んでしまった俺は間に挟まれて、なんとなく圧迫感を感じるし、周囲の視線が気になって仕方がなかった。
人目を引くデカい双子(しかもイケメン)に挟まれた『女の子』なんて、そりゃあもう注目の的だ。どっちにしろ目立ってた。ちくしょう。人が少なかったのが唯一の救いか。

「まずはナマエのお洋服見てー、それから下着見てー!」
「!!ちょっクダリさっ」
「クダリ、大きな声を出すのは止しなさい。周りの方に迷惑ですよ」
「はーい!」

クダリさんの扱いは、やっぱりノボリさんの方が心得てる。
ケラケラ上機嫌に笑うクダリさんはどうやら、俺の反応を見て楽しんでいるみたいだ。くそ。からかわれた。
ムッとしてクダリさんから思い切り顔を背けると、不意に電車が大きく揺れて身体が傾いた(う、わ!)

「ッ、!」
「大丈夫でございますか?」
「!!だっ、いじょうぶですありがとうございました!」

ノボリさんが、抱きとめるようにして倒れかけた俺の身体を支えてくれた。
それがなんか、無性に恥ずかしくて顔に熱が昇り、慌てて離れると今更ながら心臓が早鐘を打つ。

(なんだ、これ!なんだこれ…!お、お、男相手に赤くなるなんて、そんな!)

お、おおお落ちつけ…!落ちつけ……!
内心で必死に自分に言い聞かせて、密かに息を整える。
何をこんな動揺しているんだ俺は。相手は男…男……俺だって中身は男なんだから、焦ることなんてない。
と言うか、今はそんなこと考えてる場合じゃないだろう。冷静になれ。

(『電車』、に、乗ってんだぞ……!)

そう、『電車』。
俺は一昨日、いつも通り元の世界の電車に乗って、そして目が覚めればこの世界の電車に乗っていたのだ。
もしかしたら、この『電車』が何か手がかりになるかもしれない。
――と言うか、あわよくばこのままいつの間にか元の世界に帰れてたりしないだろうか。

(そうだ――来た時もいきなりだったんだから、案外すんなり帰れたり、して……!)

バクバクバク。考えてたらさっきとは別の理由で心臓が騒ぎ出した。
だって、今の俺に与えられた手がかりと言えばコレだけだ。
実は結構、賭けてたりする。と言うか、現時点で電車以外に賭けるものがない。

自然と力の入った掌を膝の上で握り締めていると、左手がふっとあたたかいものに包まれて、驚いて顔を上げる。目が合ったクダリさんはさっきまでとは違う、優しい笑みを浮かべて俺の顔を覗きこんだ。

「緊張してる?」
「 ぇ、」

囁くように潜めた声で言って、重ねられたクダリさんの手が、力の入っていた俺の手をやんわり解き、自分の指を絡める。
いわゆる、恋人繋ぎ。
呆気にとられてポカンとする俺に、クダリさんは自由な手の人差し指を唇に当てて目配せした。
どうやら、ノボリさんには内緒だと、そう言いたいらしい。

「………」

正直クダリさんは、何を考えているのかよくわからない。
――だけど今回は多分……俺の緊張を感じ取って、それを解してくれようとしているのだと、好意的に受け取って良いんだと、思う。それで正しいのか自信はないけど。
でも、

「大丈夫。僕たちがついてるよ」

――この笑顔にはなぜか、毒気を抜かれてしまう。
だからなのかなんなのか、やがて電車が何事もなく目的の駅に到着してしまった時も、俺は覚悟していた程落ち込むことはなかった。
もともとそんなに上手くいくわけがないとも思っていたし、それに……手を繋いでいた俺がいきなり消えてしまったら、クダリさんまた大人気なく泣き喚くんじゃないかなって、そう思ったら、『消えなくて良かったかもしれない』とさえ、思えた。

(――まぁ、そうは言ってもへこむのはへこむけどな……!)

「はぁ……」
「ナマエ様?どうかなさいましたか?」
「もう疲れちゃった?」

電車を降りて思わずため息をつくと両サイドから二人が顔を覗きこんでくる。

「いえそうでなくて……ただ、やっぱり何も起こらなかったな、と」
「?、『何も』とは…?」
「え?や、俺、電車に乗ってたらこの世界に来ちゃったわけじゃないですか。だからもしかしたら電車に乗ればまた、って………え?」
「「!!!」」

え。おい、まさかこの人たちそういうの全然考えてなかったのか。
カッと目を見開いて、あからさまに『今気づいた!』って顔をしている二人にこっちの方が驚かされる。なんだよ必死なの俺だけか!

(いや…!二人にしてみれば他人事なんだしそんなもんかもしれないけど……けど……!!)

「ッ――て言うかクダリさんはわかっててやったわけじゃなかったんですか?」
「へ?あ……あー、あれはナマエが女の子のカッコで人前に出てることに緊張してるのかなって!えへ!」

(『えへ!』じゃねぇ!!)

さすがに腹が立って、なぜか未だに繋がれたままだったクダリさんの手を振り払おうとぶんぶん振れば、クダリさんは楽しそうに笑いながら絡めた指に込める力を更に強める。うぐぐ。離れねぇ……!
そうして無言のままクダリさんと争っていると、反対側のノボリさんがこれまたなぜだかいきなり俺のもう一方の手を掴んできた。ビビッて思わず「ヒッ!」って声が出たのはスルーしてほしい。

「のっ、ノボリさん……?」
「――何か?」
「え、いや…手……」

お、怒ってる、のか……?
なんか、すごい低い声だったし、繋がれた(というより掴まれた)手が地味に痛ぇ……。しかもその視線は、俺を通り越してクダリさんに突き刺さっている。対するクダリさんはそれに気づいているだろうにいつも通りのニコニコ顔だ。だけど、その手が俺の手を離してくれる気配は微塵も感じられない。――って!ま、待て、まさかこれ……!

(『捕獲された宇宙人』の図……!!)

いつの間にか電車の中にいたときよりも更に多くの人の目が自分達に向けられていること今更ながら気がついて、俺はもう赤くなった顔を俯かせて歩くことしかできない。
もう嫌だ結局悪目立ちしてるじゃねぇかこの双子のせいで……!(俺の服装とか、関係なかった!)

「ふ…二人とも…手、離してもらえませんか目立ってるんで……!」
「クダリ、ナマエ様が困っています。手を離しなさい」
「やだ。ノボリが離せばいいじゃん。僕のが先だったんだから!」
「いやできれば二人とも離してもらいたいんですけど」
「いけません迷子になったらどうするのですか!」
「ノボリの言うとおり!」
「俺を丸め込む時だけそうやって一致団結すんのやめてください!」

あとその『なんのことやら』って顔やめろ腹立つから!



(12.02.23)