ポケモン | ナノ


「着ません」
「ダメ!着て!」
「嫌です着ません」
「なんで?絶対似合う!」
「着ません」
「うわあああんナマエのバカ!」

ぎゃあぎゃあ騒ぎながらワンピースを押し付けてくるクダリさんに「着ません」の一点張りを貫いて頑なに顔を背ける。
何か泣きだしてるみたいだけどそんなの知るもんか。
人の気も知らずにウキウキした顔でそんなもの買ってきやがって。逆になんで俺が素直にそれを着るって思ったのかそっちの方が疑問だ。
何度も言ってるけど、中身は男なんだぞ。その辺もうちょっと考えてくれてもいいんじゃないだろうか。

「クダリ、うるさいですよ」
「っだってノボリ!ナマエがお洋服着てくれない!」

クダリさんの駄々っ子ぶりを見かねてか、キッチンからエプロン姿のノボリさんが現れた。
その目が、クダリさんを、そしてクダリさんの手に持ったワンピースを見て、最後に俺と視線がかち合う。
不服な内心を視線に込めて、ぎゅっと眉を寄せればノボリさんからも同情的な視線が返された。良かった。この人は俺の味方をしてくれるらしい。

「ナマエ様、駄々をこねないでくださいまし」
「あれー!?」

――と、思ったら違った。
ノボリさん思い切りクダリさんの味方につきやがった。
嘘だろだって完全に駄々こねてるのはクダリさんの方じゃないか!あんたの目は節穴か!!

「ふふふー!観念して!」
「大人しくしてくだされば悪いようには致しません」

そんな悪役じみた台詞を言いながらヒラヒラの女物の洋服を手に迫り来る二人。
2対1。状況は一気に不利になった。
咄嗟に逃げようとしても、ソファに座っていた俺は前方を長身二人に塞がれてとても逃亡なんて望めない。
この双子がタッグを組むと相当厄介だと悟った瞬間だった。

「う、ぐ……っひ、卑怯ですよ二人がかりなんて!」
「いやいや!だってさ、シャツ一枚のナマエって目に毒!これって僕らの優しさ!」
「シャツ以外を用意してくれなかったのはそっちじゃないですか!」
「――ナマエ様、わたくし着替えはきちんと下も用意したはずですが……?」
「え?」
「あ、」

今の、『ヤッベ!』みたいなニュアンスで零れた「あ、」はクダリさんのだ。
その瞬間、俺を見ていたノボリさんがグリンと勢いよく首を回して隣のクダリさんを睨みつける。

「クダリ……あなたもしやわたくしが目を離した隙に……!!」
「え、えへ!ちょっとしたイタズラ!なんちゃって!」

(なんちゃってじゃねぇぇえええ!!!)

もう!もうなんなんだよ!!なんなんだよこの人!!
それじゃあれか!俺はノボリさんに『えっ、コイツちゃんと下用意してやったのに履いてこなかったのかよ』みたいに思われてたってことか!ああ!最悪!!最ッッ悪!!俺とんだ露出狂じゃん!!!

「――クッ、クダリさんのバカぁぁあああ!!!」
「あべし!!」

この消化し切れない恥ずかしさを渾身の力に込めて目の前のクダリさんを張り倒し、俺は咄嗟に、ノボリさんの寝室に逃げ込んで内側から思いっきり鍵をかけた。









「ナマエ、ナマエ。ごめんね?ここ開けてー!」
「ナマエ様、出てきてくださいまし!」
「………」

背後のドア一枚隔てた向こう側で、かれこれ30分はノボリさんとクダリさんが俺を呼びながら必死にドアを叩いている。
それを無視して、俺は抱えた膝に顔を伏せた。

「ねぇナマエ!ご飯できてるよ!食べようよ!」
「そうですナマエ様!お昼も食べていらっしゃらないのでしょう?」
「だったらお腹すいてるよねっ!ね?早く開けてー!」

二人の言葉に反応して、きゅうぅと腹の虫が鳴った。
だけど、なんかもうこうなると今更出て行けない。
や、このままずっとノボリさんの部屋に立てこもってるわけにはいかないっていうのはわかってるんだけど…なんて言うか。うう。つまりその、折れどころがわからないのだ。

「ナマエー!一緒にご飯食べよー?」
「……どうぞお先に食べちゃってください」
「!!や、やだ!!一緒じゃなきゃやだっ!!」

俺がやっと返事をしたからなのか、クダリさんがガタンと大きな音を立ててドアに飛びついたのがわかる。
そんな反応に胸がむずむずしたけど、でもやっぱり、出て行く気にはなれなかった。

「俺はいらないです」
「ナマエ様、どうかその様なことはおっしゃらず…!」
「そうそう!僕、ナマエが出てくるまで食べない!でも早くしないとお腹ペコペコで死んじゃう!」
「そうですか。それはお気の毒ですね」
「うああああん!ごめんってばナマエー!!」

また泣く。クダリさんって精神年齢いくつくらいなんだろう。外見的には余裕で成人してるみたいだけど。
そんなことを考えながら空腹を耐えていると、ふとクダリさんの声が遠ざかっていくのがわかった。

(――…なんだ、もう……あ、呆れちゃったの、かな)

ムキになりすぎた、だろうか。昨日知り合ったばかりの他人に。
ノボリさんやクダリさんは善意で見ず知らずの俺を迎え入れてくれたっていうのに、『こんな些細なことでマジになって。面倒くせぇヤツだな』……とか、お、思われ、た?

「っ……!」

急に、不安が胸に込み上げた。
それを押し殺すようにもう一度膝を抱えなおすと、また背後でノックの音。
ハッとして振り向くと、その向こうから聞こえたのは申し訳なさそうなノボリさんの声だった。

「――クダリにはきちんと言い聞かせてリビングに連れて行きましたので、どうか中に入れて頂けませんか?」
「……ノボリさんだけ?」
「はい。誓ってわたくしだけでございます」
「………」

――カチャン。
小さな音を立てて鍵を回し、そっと細く開いたドアの向こうには、言葉通りノボリさんしかいなかった。
それに安心して、小さく息を吐いた俺の頭をノボリさんの掌が撫でる。
そのまま視線で「中に入っても?」と問いかけてくるノボリさんに無言のまま頷くことで応えると、ノボリさんも少しだけ安心したようにふっと肩の力を抜いた。

「……ナマエ様、」
「――俺、露出狂じゃないですから」
「は……?」

ノボリさんの言葉を遮り、俯いて言う俺にノボリさんが困惑した声を上げる。

「ちゃんと、ズボンあったら履いたし……自分からあんな格好してたわけじゃ、ないから」
「……ですがナマエ様、とてもよくお似合いで――いえ、なんでもございません」

ギッと睨みつけてやればノボリさんが咳払いをして視線を逃がした。
まったく。似合う似合わないの問題じゃないっていい加減気づいてくれ。
内心で愚痴りながら床を睨みつけていると、ふっと頭に僅かな重みを感じる。
わざわざ顔を上げなくてもわかった。
ノボリさんがまた、俺の頭を優しく撫でてくれていた。

「今回のことは、まぁ……クダリの悪ふざけが過ぎましたが、あれはあれなりに、あなた様のことを気にかけているのです」
「………」
「今日も、クダリは仕事の合間を見てあらゆる駅に連絡を入れていたようです。昨日、電車に乗るあなた様の姿を見た駅員がいないかどうか」
「ッ、!!」

ズキンと、胸が衝かれたような衝撃が走った。

「休憩時間も、ナマエ様のことばかり気にしておりました。一人で寂しくないか、ちゃんとご飯は食べているだろうかと」
「っ……」
「許してやってくださいまし。きっと、嬉しくてはしゃぎすぎたのでしょう。いも――弟が、できたようで」

……今、ノボリさんが一回『妹』って言いかけたのは聞かなかったことにしようと思う。
せっかくなんかいい話でまとまりそうな雰囲気なんだから。ここは俺が、お、大人ってやつになって空気を読もう。
それに多分、振り上げた拳を降ろすタイミングは、ここしかない。

「――俺が、って言うか…クダリさんが弟な方が、適当だと思うんですけど?」

それでもやっぱり、気恥ずかしさは消しきれなくて。
つい生意気なことを言いながらようやく一歩部屋の外に出た俺に、ノボリさんが小さく笑った気がした。




「――クダリさん」
「ッ!!!ナマエ…!」
「っ、さ、さっきのこと、ですけど……」
「えっ?なに、やっとお洋服着てくれる気になった!?」
「違います」
「うわあぁあん!!!ナマエの鬼ィィィ!!」
「(この人……)」



(12.02.11)