「――………」 チラリ。 ペシッ。 フルフルフル。 「………」 チラリ。 「……〜〜〜っ」 ダメだ。 何回見ても見間違いなんかじゃない。 風呂から上がって、いつの間にか用意されていたタオルを手に取ると、その下には俺のために用意してもらったらしき着替えがあった。 そう――女物の、下着が。 (いやいやいやいや無理!!いきなりそれは無理だろ!!) 何度冷静になろうと心がけてもやっぱり上手くいかず、もう一度タオルを投げて下着を隠し、頭を振る。 本気で勘弁してくれ。無理だ。絶対無理だ。大体ドコで買ってきたんだよどんな顔して買ってきたんだよ女物の下着なんか…!普通に男物で良いっつーの!何余計な気回してくれちゃってんだよ!! (くっ、クソぉぉぉ……!) しかし背水の陣とはまさしくこのことか。洗濯機は俺を嘲笑うかのようにゴウンゴウン言いながら回っている。脱いだ服も、もちろん元々履いてた下着もその中だ。つまり、コレを履かない事には俺はいわゆるノーパンでこの脱衣所を出て行かなければならないということ。ご丁寧にぶっかぶかのYシャツ一枚でな……!(なんでズボン用意してくれなかったあの双子……!) あああ消えたい。この場から消え去りたい。死にたい。 (いや、マジで……死ぬんだな、この瞬間) 男としてのプライドが。 「っ……」 それでも結局答えなんて一つしかないわけで。 俺は震える手でその心許ない小さな布切れを掴み、心を無にして脚を通した。 もう何も恐くない―― 心の中で、今はもう懐かしい、俺の女神の声が聴こえた気がした。 ・ ・ ・ 「お、お先に失礼しました……」 「ナマエ!」 リビングに入るとメチャクチャ笑顔のクダリさんに迎えられた。 なんかすげぇいい匂いすると思ったらノボリさんはまだ調理中らしい。奥から「すみませんが今は手が離せませんので、少々お待ちくださいまし」と声をかけられ、クダリさんに誘導されるままソファに座る。 ううう。やっぱこれスースーする。シャツがでかいから膝くらいまで隠れてるけど、落ちつかない。ワンピースってこんな感じなのか。 「それ、すっごい似合うね!彼シャツみたい!」 「いや全然嬉しくないですけど……」 「下着は?ちゃんと履いた?」 ペラリ。 「ッッふぎゃああああ!!!」 な、なっ、なにっ、なにすんだこの人!!! あまりに自然な動作でシャツの裾を捲られて、思わず不細工な悲鳴を上げてしまった。 のに、仰け反りながらシャツを押さえる俺に、クダリさんは一向に悪びれた様子もなくまた満足げに笑う。て言うか「ちゃんと履いた?」って俺がもし履いてなかったらどうするつもりだったんだこの人は……! 「やっぱり白!ナマエには白が似合うって思ってぼ、」 ガコン! 得意顔で言うクダリさんの言葉が物凄い痛そうな音で遮られた。 「クダリ、あなたという人は……!」 「〜〜ッノボリ!痛いってそれほんと冗談にならな、」 「お黙りなさい」 「ぎゃん!」 ゴン!と俺の悲鳴を聞きつけてリビングにやって来たノボリさんが手に持ったフライパンでもう一発クダリさんの頭を殴る。かなり痛そうで、クダリさんは涙目だ。さ、さすがにかわいそうじゃないだろうか…… 「ノボリさんあの…っすんません俺大げさな悲鳴上げちゃったけど、気にしてないんでもうそれくらいに」 そう。そうだ。身体は女だけど、心は男のまま。 だから男に下着姿(――女物、だけど)見られたからって別に、どうということも、 「……ナマエ様、あまり甘やかしますとこれが調子に乗ります」 「わぁいナマエってばやさしい!大好き!!」 「ぅわっ!」 「ックダリ!よしなさい!」 「やだやだ!ノボリのおこりんぼ!ナマエは良いって言ってくれたもん!」 いえ抱きついて良いなんて誰も言ってませんが。 ……でもまぁ、この様子だとほんとにクダリさんに悪気はないんだろう。多分兄弟に対するじゃれつきみたいなもんだ。クダリさんて根っからの末っ子気質っぽいし。 そんな風に自分を納得させ(居候の身で家主のすることに文句とか言うのもあれだし)、ぎゅうぎゅう抱きついてくるクダリさんを好きにさせてたら胸元にぐいぐい顔を押し付けてきたクダリさんがポツリと言った。 「んー……ちっちゃいけど、やっぱブラジャーしないと乳首透けちゃって目の毒だね!」 「「!!!」」 その後、絶句した俺に代わり再度ノボリさんのフライパンが炸裂したのは言うまでもない。 ・ ・ ・ 「――わたくし、考えてみたのですが」 ノボリさんの手料理(プロ並)をお腹いっぱい堪能して、今度はクダリさんがお風呂に入っている時、リビングのソファで向かい合わせに座ったノボリさんがそう切り出してきた。 「ナマエ様……あなた様はどこか、こことは異なる次元から――詰まるところ、違う世界から来られたのではないでしょうか」 「ッ!!」 思わず、肩が跳ねる。 だって、ノボリさんの言い方は殆ど確証を持っているかのようなそれだった。 「この世界に、ポケモンの存在を認めない国などございません。だとしたらそれは最早、この世界ではない、別の世界だとしか考えられない――ナマエ様も、薄々気がついていらっしゃったのでは?」 「っ……は、ぃ」 あまりにも非科学的な話すぎて、まだ信じられないけど、やっぱりそうとしか考えられない。 『パラレルワールド』、って言うのとはまた少し違うのかな。とにかく、『ココ』ではない、別の世界。 なんて気の遠くなる、スケールのデカい話なんだろう。他人事じゃないのに、こうなるともう笑うしかないんじゃないかって気にすらなる。 「っなんか、ありえないですよね!違う世界から来たとかマジで、頭おかしいんじゃないかって自分でも思いますもん!」 はは、乾いた笑いでもいいからどうにか重くなったこの雰囲気をかき消したい。 や、真面目に考えなきゃいけないんだろうけど、でもさ、あまりに非現実的過ぎて。 いくら考えても、もとの世界に戻る方法なんてないんじゃないかって――もう二度と、家族にも、友達にも、会えないんじゃないかって。そう、思うともう……考えるのも、恐くて。 こわ、くて。 「笑わないでくださいまし」 「ッ!!?」 「お願い致します。無理に、笑おうとしないでくださいまし」 なんで なんで なんで なんで どうしてノボリさんが――ノボリさんがそんな、辛そうな顔、するんですか。 「……申し上げたではございませんか。わたくしが、」 言って、ノボリさんの手が、俺の目尻をなぞる。その指先に、涙の雫。 ああ、バカ。俺、また、 「わたくしが、あなた様を守ります。もとの世界に戻る手段も、一緒にお探しいたします」 「っで…も……!」 「情けないことに『大丈夫』だと、言い切って差し上げることはできません。ですがナマエ様、わたくしがついております。決してあなた様一人ではないのです。一人になど、させません」 これは、なんのフラグだろう。 この胸の高鳴りはきっと、違う。違う。イケメンに優しくされて、動揺してるだけだ。 ときめいたとか、そんなハズないんだ。 だって俺は男なんだから。 男相手に、ドキドキしてるなんてそんなこと、あるわけないんだ。 「明日から一緒に手がかりを探しましょう、ナマエ様。ですから今日は、気が済むまで泣きなさい」 「うっ、ふ、ぅ……!」 今日だけで三度目。ノボリさんには泣き顔を見られてばかりだ。 おかしい、俺、こんな泣き虫なんかじゃなかったハズなのに。 女の身体に、内面まで引き摺られてるんだろうか。――だとしたら、厄介だ。 「の、ぼり…さ……っ」 「――はい」 「なん、で…っ?」 ノボリさん ノボリさん どうして、俺を―― 「ひっ…膝に、乗せるんですか……!」 「――ハッ!!も、申し訳ございません……!」 『ハッ!!』じゃねぇよ無意識かよ!!(しかも謝りつつ降ろさないとかこの人……!) 「ああーっ!!ノボリズルい!!お膝抱っこズルい!!交代!!」 「!ぃ、嫌でございます!!邪魔しないでくださいまし!」 「(オイ邪魔ってどういうことだコラ)」 (12.01.16)
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