ポケモン | ナノ


「――ただいま戻りました」

ドアを開けて玄関に入ると、夕食の香りとあたたかな空気に迎えられました。
疲れきった身体を引き摺るように動かして、ネクタイを緩めながらリビングに向かえば、ソファに座る恋しい人の姿。
その横顔を見た瞬間、わたくしは耐え切れなくなって彼女の膝に飛びつくように縋っておりました。

「ナマエ様、ナマエ様、『ただいま』でございます」
「うわぁっ、ビックリした!」

ビクリと肩を跳ねさせたナマエ様は、それでも拒絶することはなく優しくわたくしを受け止めてくださいます。
久々のナマエ様を逃がさないようしっかりと細い腰に腕を巻きつけて顔を上げると、女神の如く慈愛に溢れた瞳と、天使のような笑顔が迎えてくださいました。

「おかえりなさい、ノボリさん」

ああ。ああ。これです。やはりこれがなければ――この方が、いなければ。
感極まって華奢な身体に抱きつき、ぐいぐいと頭を押し付けるとナマエ様から大変可愛らしい悲鳴があがりました。
わざとではございません。わざとではございませんが、わたくしの頭がナマエ様の胸に埋まる体勢になってしまったからでしょう。――いえ、断じてわざとではございませんよ。

「の、ノボリさん!ごはん出来てますよ!それとも先にお風呂にしますか?」
「ナマエ様にします」
「ぅ、え?いえ、そういうことじゃ、」
「ナマエ様にいたします」

3日間、車両点検やらなんやらでナマエ様の待つこの家に帰ってくることができなかったのですから、まずは『充電』しなければ。
控えめにわたくしの肩を押し返そうとする腕の抵抗を無視して更に強くしがみつき、柔らかな胸に頬を寄せる。はぁ……至福、でございます。

「ナマエ様…わたくしだけのナマエ様、もう離しません」
「なっ、なに言ってるんですか!ほら、もう!お疲れなんですから、早くご飯食べてお風呂入って、今日はもう寝ちゃってください」
「ナマエ様がお願いを聞いてくださるならそうしましょう」
「『お願い』……?」
「えぇ、簡単なことでございます」

やさしい、甘い香りのする胸元から顔を上げると、頬を染めたナマエ様と視線が交わりました。
ああ、可愛い。わたくしの恋人は、世界一可愛らしい。

「キスしてくださいまし。ナマエ様から」

わたくしを誘うために赤く色付いた、ふっくらとした唇を親指の腹で優しくなぞりながら言えば、薄桃色だったナマエ様の頬が途端に薔薇色に変わります。
いつまで経っても初心な人。そんなところがまた堪らないのです。

「えっ…なっ、わ、私から、ですか?」
「はい。わたくし、疲れ切って身体が動きませんので」
「…その割には苦しいくらい拘束されてる気がするんですけど」
「気のせいでございます」

ね、だから、早く。
促すように顎を上げて、戸惑うナマエ様の顔を間近に拝見する。
わたくしを映し出す大きな瞳は少しだけ潤んで、困ったように寄せられた眉が八の字に。
わかっていらっしゃらないでしょうが、その顔、反則でございます。ナマエ様からのキスを待たずして元気になってしまいそうです(何が、とはあえて申し上げませんが)

「〜〜〜っ、わかりました!わかりましたから、目…閉じて、ください」
「仰せのままに」

わたくしの熱視線に折れたナマエ様が最後の方は殆ど聞こえないくらい小さな声でそう言って(いえわたくしはナマエ様の声であるなら絶対に聞き逃したりは致しませんが)暖かな掌がぺたりと頬に添えられます。
やはり緊張を隠しきれないのか、少し震えたそれを無性に愛おしく思いながら瞼を落とせば、ゆっくりとナマエ様が近づく気配。

「――先に申し上げますが、唇以外は受け付けませんので悪しからず」
「!!そんなの後出しです!ずるい!」
「狡いわたくしはお嫌いですか?」

ふっと微笑って言うと、ナマエ様が言葉を飲み込んだのがわかりました。
本当に、その可愛らしさはもはや罪状にすらなるでしょう。
返事はそっと重ねられた唇だなんて――あなたというお方は、どこまで。

「…ふ、んンっ?!」

柔らかな感触が消える前に素早く後頭部を捕まえて、こちらへ強く引き寄せる。
薄目を開けたわたくしと視線が絡めば、ナマエ様は途端にぎゅっと強く目を閉じてわたくしの腕から逃れようと身を捩りますが、それよりも早く唇を割って、甘い口内に忍び込む。
薄い肩がピクリと跳ねて、震える手がわたくしのシャツをぎゅっと握り締めた。

「ぁ ンっ!んぅ…!」

口内で上がる淫らな水音に益々頬を染めて、段々と力の抜けてきた身体を抱きこみ、そのままソファに押し倒してしまう。
名残惜しむように橋を架けた舌を解き、濡れた唇を一舐め。
おずおずと再び開かれた瞳は既に、薄く張った涙の膜でうるうると潤んでおりました。

「ぅ…嘘つき……っ疲れてる、って!」
「ええ。ですが、ナマエ様の口付けのお陰で充電完了でございます」
「……そんなバカな」
「おや、では試してみますか?」

シャツのボタンを指先で外しながら微笑みかけるとナマエ様がぎょっとして、慌ててわたくしから目を逸らす。
もう逃げられはしないのに、わたくしが逃がしてさしあげるはずがないのに、それでも尚いじらしく身を捩る姿がわたくしの中を駆け巡る熱を更に高めていることなんて、知りもしないのでしょう。
ねぇ、可愛い人?
あなたがお願いを聞いてくださったのですから、今度はわたくしの番でしょう?

「――お言葉通り、早速『食事』といたしましょう」
「にゅ、ニュアンス…おかしくないですか……?」
「では、『いただきます』」
「!!!まっ…ゃ、や!だめっ、ダメですってば!ノボリさ、ん!」
「ご安心くださいまし。その後はゆっくり入浴して、汗を流してしまいましょう」

『もちろん、二人で』
耳元に囁きこんだ言葉でひくりと引き攣った白い喉に唇を押し付ける。
3日間缶詰にされた代わりに、明日は一日休みを頂いているのです。
ですから今夜は、久々のナマエ様をたっぷりと味合わせて、愛させてくださいまし。

「っ……やっぱり、ずるい…!」

震える白い膨らみに口付けるのと同時に零された一言に、わたくしは思わず破顔いたしました。

「狡いわたくしも、お好きなのでしょう?」










「――という夢を見ました」
「安定の夢オチ!」




(11.11.09)

最後のは朝からお風呂場で寝間着を洗っているノボリさんとそんな兄の背中を見つめるクダリさんの会話。