【06】
モニターに映し出された鉄道員とお客様の様子を、インゴはむっつりと腕を組んで眺めていた。
鉄道員は見覚えがある。 先ほど自分が跳ね飛ばしてしまった少女、ナマエだ。
「感心しませんね、あのような子どもを働かせるとは」
園児ですらバトルをする時代だが、それは仕事じゃない。 自分の国であればあのくらいの子どもはのんびりと旅を楽しんでいるだろう。
このような地下に繋いで、廃人どもの相手をさせるには若すぎる。 バトルサブウェイの駒としてあの緑の制服を着て戦う彼女がインゴの目には不憫に映った。
ノボリが口元に手を当てて小さく笑った。
「インゴ様、彼女は確かに小柄ですが、紛れもなく成人女性ですよ?」
「ノボリ様、そのような見え透いた嘘はお止めくださいまし!」
「あのね、嘘じゃない。正真正銘、ナマエ[ピ――]歳!」
「ワオ! それホント?」
「…………信じられません」
「あは、結構トリッキーなバトルするから、きっと面白いよ」
クダリに勧められ渋々画面に視線を戻せば、丁度両者のボールが投げられたところだった。 姿を現したのは、貫禄のあるハピナス。 それと――――
(正気ですか!)
明らかに育て方の足りないムックルが、1羽。 誰が見ても「本気じゃない」と思うだろうこの組み合わせに、けれど画面の中のナマエは口角を上げて笑ったまま……。 その顔が、あまりにもギラギラとしていたから目を疑った。
彼女は、つい先ほど自分に笑いかけてくれた少女と、本当に同一人物だろうか? そんな馬鹿げた疑問を抱きつつ、その好戦的な眼差しから目が逸らせない。
<ハピナス、どくどく だっ!>
<ムックル、まもる です!>
画面の中で互いの指示がぶつかり合い、ハピナスの猛毒はムックルによって弾かれる。
<……ムックルのくせに生意気だな>
<ふふ、その生意気なムックルにどくどくですか? 保守的ですねぇ>
安いナマエの煽り文句に、男はムッと顔を歪めてハピナスに指示を飛ばす。
<だったら望み通り一撃で沈めてやるよ! 捨て身タックル!>
ピンクの巨体がポヨンと跳ねて、次の瞬間、床の上で弾けた。 巨大なピンクの弾丸が小さなムックルに迫る。
ムクホークに進化させていればハピナスに先制を取られることもなかっただろうに。
「あれじゃ、捨てたも同然じゃない?」
エメットの言う通り吹っ飛ばされた小鳥は、羽を撒き散らしながら床の上を滑って壁にぶつかって止まる。 もうもうと立ち込める煙でナマエの表情は窺えない。
「でも、まだ終わりじゃない」
したり顔のクダリが言うと同時、
<――――ムックル、がむしゃら!>
力強い命令が、わんと響いた。
途端、空気を貫いて飛び出してきたムックルが凄まじい猛攻撃をハピナスに加える。
「なるほど、きあいのタスキですか。考えましたねナマエも」
ノボリの言う通り動き回るムックルをよく見ると、蹴爪に何か、リボンのようなものが握りこまれている。
ピンクの巨体は格好の的だった。 鬼気迫るナマエの指示は止まらない。
<そのまま仕留めてください! でんこうせっか!>
<ああっ、ハピナス!?>
乗客の目がこれでもかと見開かれた。
「あの小鳥ちゃん、結構恐いもの知らずだネ」
煙の晴れた向こうで笑うナマエを見て、エメットが笑う。
「あの手の耐久型を倒す方法はいくらでもあります。ですが、そこであえてムックルを出すとは……Bravoというべきか、Crazyというべきか」
そう答えたインゴも知らず笑っていた。
育て方が足りないわけじゃない。 わざの構成からお互いの息の合わせ方まで、ここまで仕上げるのに一体どれほどのバトルを重ねてきたというのだろう。
あの少女のことを、もっと見ていたい。
心は決まった。
「ノボリ様、クダリ様」
「はい?」「なーに?」
同じタイミングでノボリとクダリが振り返った。 彼女の上司というポジションに収まっている彼らに言いようのない嫉妬を覚えながら、インゴは努めて穏やかに話を切りだす。 この奇跡を、ぜひ持ち帰るために。
「ナマエ様をワタクシにお譲り下さいまし」
「え、何言ってんのインゴ!?」
「ロリコンに目覚めちゃっタの!?」と叫びながら椅子を蹴って立ち上がったエメットを、自主的に出てきたインゴのシャンデラが封印で黙らせる。 大きなバッテンを口に貼り付けたエメットを尻目に、インゴは「失礼いたしましタ」とシャンデラを戻しスーツの襟を正した。
「大事にいたします。連れて帰る許可を下さいまし」
「ダメでございます!」
尊大な態度のインゴに、ノボリが立ちはだかった。
「えっなになにインゴ、ナマエのこと好きなの!?」
クダリ1人が、わっ、と盛り上がりかけた瞬間、鈍い破壊音が響いた。 4人が一斉に顔を向ける。
もうもうと煙が立ち込める画面の中で、小柄な鉄道員がへなへなと崩れ落ちた。
「あれ? みてノボリ、ナマエ負けた」
「ハピナスを倒して慢心しましたね。まったく、相変わらず勝率が安定しないんですから」
乗客が手持ちのポケモンを回復させに行った後ろで、ナマエが監視カメラに向かって拝みつつ何度も頭を下げていた。
「ん?……ね、ナマエチャンほっぺ怪我してない?」
目敏いエメットが、ナマエの頬にうっすらと浮かび上がる赤い痕に気付いた。
「おや、ホントですね」
「ナマエ、不注意!」
「カワイソー!ね、インゴ心配? …………あれ、インゴ?」
エメットがニヤニヤ笑いながら振り返った先に、インゴの姿はなかった。
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