【05】
本日最初の自分の持ち場は、スーパーシングル3週目、4番目の車両だ。
なにしろ時間が無い。 話を聞きたそうだったクラウドさんをぞんざいに扱って、持っていた書類は近くにあったバインダーに挟んで机に投げた。 踵を返したその足でトイレに駆け込み、またその足で事務所に戻りインカムと鞄と合図灯を手に事務所を飛び出した。 ボールを磨く時間もない。
息を切らしながら全力でホームを歩き渡り、目当ての車両に滑り込む。 間にあった!と胸に手を当てて乱れた息を整えたら、発車のベルが鳴った。 警告音を立ててドアが閉まり、滑るように車両が走りだす。
「疲れた……」
私しかいない車内に覇気のない声が漂った。 ふかふかのシートにゆっくりと腰を落ち着ける。 お客様が勝ち上がって来るまでの、しばしの休息だ。 鞄を膝の上に置いて、ホッと息を吐いた。
さて、お仕事の時間だ。
鉄道員の特権で、お客様の情報はインカムからすでに聴取済みだ。 ここまでのバトルすべてをハピナス1体で勝ち進んで来たと聞く。 残り2体は不明だ。
細かい戦術は後回しにして、まずはハピナス撃破に専念しよう。 といっても、どんな戦い方をするかなんて、考えるまでもないけれど。
(耐久重視の泥試合型かあ)
粘って粘って粘りまくって、相手が力尽きるのをじっと待つタイプ。 一撃で落とす火力が無ければ、あのピンクの悪魔は止められない。
手っ取り早く挑発をしてもいいけれど、ここはバトルサブウェイ。 お客様にバトルを楽しんでもらうための娯楽施設だ。
(面白いバトルを提供する。それが私の仕事)
単調なバトルは眠気を誘う。 先の見える勝負は倦怠に繋がる。
大変よろしくない。 お客様はさぞ退屈なさっていることだろう。
「よーし、じゃーキミに決めた!」
ゴソゴソ鞄を漁って、腰に付けていたボールとそれを入れ替えた。
後方車両から、ポケモンのけたたましい鳴き声が響き渡ってきた。
きっと、もうすぐだ。 そう思うと胸の奥がうずうずする。そわそわする。 ギュッと握った両手から、胸元から、全身から力が溢れてくるような。
(お客様はどんな顔をするかな?)
大きな衝撃で車両がグラグラ揺れる。 踏ん張った車輪が火花を散らす。
(うまくいくかな?)
もうすぐ。 もうすぐ。 もうすぐだ。
車両間のドアに人影が映ったのを見て、シートから身体を起こして車内中央に立った。 さっきまでの疲労はどこかへ行ってしまった。
ドアが開いて、お客様が進んでくる。 私の前までやってくる。
「やっと鉄道員が出たか」
こちらを見た相手の目が、ほんの少しだけ交戦的な色を増す。 合図灯を掲げて、口元に笑みを浮かべた。
「毎度ご乗車ありがとうございます。この先のご案内は私、鉄道員のナマエが務めさせて頂きます」
「は……案内? 別にいいよ、どうせあんたも俺に負けるだろ?」
「いえいえ、お客様が勝つとも限りませんよ。全ての行き先はレールのみぞ知る、ですから……では始めましょうか」
「……負けても泣くなよ、鉄道員!」
彼の言葉を合図に、2つのボールが宙を舞う。 出てきたのはリサーチの通りお客様のハピナスと、私の――――
きっと意地悪な笑顔を浮かべているに違いない。
だって楽しいんだ。
(キミが驚いた顔をしてるから)
身構えるハピナスに向かい合う私の小さなムックルが、甲高い声でピヨと囀った。
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