【03】
火がついたように泣くとはまさにこのことだ。
その小さい身体全部を震わせて顔を真っ赤に染め上げてわんわん泣く姿を見ていると、そのうちプクリと膨らんで爆発してしまうのではないかと、そんなあり得ない心労に駆られ始める。
不思議だ。 その小さな身体のどこにそんなエネルギーがしまわれているのだろう。
不思議で仕方ない。 何も危害を加えていないのに――――ただちょっと声を掛けただけなのに――――なぜそんなに泣くことがあるのだろうか。
インゴは眉間に皺を寄せて自身の過去に思いを馳せた。
自分も小さい頃はこの子のように全力で泣いたりしたのだろうか? 恥も外聞も捨て、ただ一心に、心の赴くままに生きていたのだろうか?
いや、饒舌であざとい双子の弟ならいざ知らず、今の自分からは到底想像もつかない。
「ワタクシは別に怒ってなどおりません。ただ、オマエは迷子かと聞いているだけです」
膝を折っての問い掛けは、けれども虚しく子どもの声量に掻き消された。 両足を縮こませてベンチに座る子どもは、くしゃくしゃに顔を歪めて「ママァ〜」と叫ぶ。
ひそひそ。 じろじろ。
行き交う通行人の視線がインゴの背中に突き刺さる。 この騒ぎを聞きつけても子どもの母親らしき人物は現れない。
「困りましたネ、オマエは迷子なのですか? 違うのですか? 泣いてばかりでは分かりません」
『ちょっとちょっとインゴ! なにやってるの?』
『!!……それはこちらのセリフですエメット。お前こそ、どこで何をしていたのですか!』
こういう場面では大いに役立つ弟の帰還にインゴは内心ホッとしつつも、こうなったのは戻りの遅いエメットのせいですと言わんばかりにギロリと睨みつけた。
『何って、コーヒー買ってこいって言ったのインゴじゃん! んも〜迷子見つけても無闇に話しかけちゃダメってぼく言わなかった?』
『、ですがこのまま放っておくわけにもいかないでしょう! 迷子でしたら早急にご両親を見つけてやりませんと、』
『気持ちは分かるけどさ。はい、交代』
隣にしゃがみこんだエメットと、入れ替わりインゴが立ち上がった。 泣き続ける子どもの頭上に大きな陰が掛かった。
『インゴ、威圧的だから見下ろさないで』 ああホラホラ、泣かないデ。ねぇキミ迷子?」
インゴ用の缶コーヒーとは別に自分用に買ったホットミルクティーを子どもに差し出してエメットが笑いかける。 最初こそ警戒されていたが、屈託なく笑うエメットを見て、小さな手がミルクティーを受け取った。 優しい温かさに鼻をすすってそれからそっとエメットを盗み見る。
「アハ、泣き虫ちゃん泣きやんだ?」
「……う、うん」
照れ笑いと共にあっという間にエメットに懐いた子どもを見て、インゴはフンと鼻を鳴らして踵を返した。
『インゴ、どこ行くの?』
『わたくしがどこに行こうと、いちいちお前に言う義理はありません』
『あーはいはいタバコね。この子送ったらぼくも行くから待っててよ。ノボリとクダリにも挨拶しなきゃ』 じゃア、行こっか!」
子どもを軽々と抱き上げたエメットがキョロキョロと辺りを見回す。
『……迷子センターは、あちらです』
相手に背中を向けたまま、インゴの人差し指がついと行き先を示す。 どこか寂しげにも見える背中に、エメットはふふ、と笑いかけた。
『インゴ、同じ顔なんだから、ちょっとは笑えばいいのに。そしたらこの子だって、』
『何を言っているのですかエメット』
肩越しにインゴが振り返る。 本人は気付いていないだろうが、そうすると猛禽類の眼差しに近い。 エメットの腕の中で、子どもがビクッと肩を跳ねさせた。 インゴが舌打ちをしてまた前を向く。
『……わたくし、笑いましたよ一番最初に』
『え?』
『全く不本意です。なぜ泣きだしたのか理解に苦しみます』
大股で歩き出したインゴを見て、エメットは噴き出さないようにするのが精いっぱいだった。
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