ポケモン | ナノ


【01】

【注意】
*海外マスです





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今さらリスニングの勉強なんて、手遅れなんじゃないか。

イヤホンから流れてくるネイティブな英語に置いてけぼりを感じながら私はそんな事を考えていた。
通勤電車の酷い揺れと、ぎゅうぎゅう詰めの不快指数も相まって脳みそは思考停止寸前だ。

なにが、 【通勤中の短い合間にスキルアップ】 だ。
こんな状況で、誰がいったいどうやってスキルアップなどできるというのか。

とてもじゃないがマスターできる気がしない。
バカみたいに陽気な声が『リピート アフタ ミー!』と私を促したが、残念なことに口から出たのは重苦しい溜め息だけだった。



海外から刺客が来る。

そんな事を言い出したのは、果たして誰だったのか。


「事務ノ 女ノ子タチカラ 聞イチャッタ!」


色男キャメロンが得意げに胸を張ってカズマサに話したんだそうな。


「大変です! 大変ですクラウドさん!」


生真面目なカズマサが休憩中のクラウドの元に駆け込んで、


「ここだけの話やけどなあ……ききたい?」


天然の拡声器クラウドさんが、ドヤ顔の前置きを放って私にナイショ話を持ちかけた。
次の乗務に向けて相棒のボールを磨いていた私は、


「聞きたい聞きたい!」


もちろん下世話シュミ全開で身を乗り出した。


「刺客だなんて時代劇みたいですね。いったい誰の命を狙っているんでしょう?」

「さあな。そこまではわしもよぉ知らん。せやけどこれなホンマもんの情報やで、お前も気ぃつけえよ!」


ボカッ!

クラウドさんの容赦ないグーパンチが肩の骨にヒットして私は鈍く呻いた。
コガネタウン出身者は乱暴でいけない。
偶然通りかかったノボリボスがクラウドさんを「こら」と窘めた。

さて、話はここで終わらない。


「ところでお2人とも、先程から楽しそうに何の話をなさっているのですか?」


黒いバインダーを胸に抱き、ノボリさんもいそいそと会話に加わってきた。
色々と人並み外れたところのあるお方だけれど、やっぱりノボリさんも人の子だ。


「いえね、実ははこれこれこういう噂が広まっとりましてな」


悪代官と越後屋みたいな悪い顔でクラウドさんがあらましをかい摘む。
広めてるのはクラウドさんじゃ……なんて私の心中のツッコミを、さすがボスはお見通し。


「なるほど、このおかしな噂の出所は貴方でしたか!」


噂好きが一転、説教モードをぶり返したボスがクラウドさんをベシッと叩いた。
可哀そうなバインダーが歪む。
ノボリさんも中々に手が早い。


「なーんだ、やっぱりデマだったんですか」


私は途端につまらなくなって、曇り1つ無いピカピカになったボールを腰のホルダーに丁寧に戻した。


「デマ、と申しますか……」

「?」


ノボリボスが苦々しそうに顔を背ける。

おや?なになに、なんだなんだ。
もじもじと言い難そうにしているのをクラウドさんと一緒になって問い詰めて、よくよく話を聞いてみればなんてこと無い。
火のないところに噂は立たぬと、いう通り。


「海外からの視察、ですか?」

「ええ、その、近々見学にいらっしゃるそうなので気を引き締めるようにと、お伝えするつもりだったのですが……」


刺客と視察。
蓋を開けてみれば、何ともこんなものが噂の真相であった。

果たして悪ノリしたクラウドさんが悪いのか、それとも早とちりの気があるカズマサか、はたまたお調子者のキャメロンか。


「海外て! わし、日本語しか話されへんで!? アテンションプリーズじゃアカンか?」

「飛行機でも飛ばす気ですかクラウドさん……」


フンと鼻を鳴らしたクラウドさんに呆れたその日の帰り道。


「日本語しか話せないのは、クラウドさんだけじゃないんですってば」


私は 【驚き! 聴くだけで話せるようになる!】 の触れ込みを掲げた有名な英語教材のCDをこっそりと手に入れて帰宅の途についた。

それがまぁ、1ヶ月ほど前の話。