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(※童話「てぶくろをかいに」パロ設定。妖狐サブマス×雑貨屋夢主)



夕方、立て看板をしまおうとドアを開けて外に出た時、頬を撫でた風がひんやりと冷たかった。

「――夏が終わるなぁ」

誰にでもなく一人呟くと余計に物悲しい気持ちになる。
昼間はまだうだるような暑さがあるけれど、朝夕になれば少し肌寒いくらい。
夏の空は色を移して、茜に染まった夕日が遠い山の向こうで頭だけ残っている。
毎日あれだけ暑い暑いと騒いでいたのに、いざ終わりを感じる始めると途端に寂しくなるなんて随分我儘だと自分でも思うけれど、結局毎年そうなってしまうのだ。

(今年は結局花火もお祭りもいかなかったなぁ……)

本当は行く予定はあったんだけど、急な大雨で中止になってしまった。ツイてない。
今更ながら今年の夏は夏らしいことを一つもしてなかったことを実感して看板を抱えながら思わずため息をついた。その時だった。

「ナマエー!!」
「ぅわ あ!?」

背中にドスンと衝撃。
落としかけた看板をぎゅっと握ってどうにか持ちこたえ、振り向いた先ににこにこ笑顔。
予想通り、悪びれたふうなんてちっともない、眩しいほどの満面の笑みを浮かべたクダリ君が目をキラキラさせて肩口から私を覗き込んでいた。

「お祭りっ!お祭り行こっ!今から!!」
「へっ、え…?ちょっ、ちょっと待ってクダリく、」
「早く早く!ねぇ、いいでしょ?出発進行ーッ!!」
「わー!!待って!待ってってば!」

「こらクダリ、性急すぎです」

またしても背後から肩を掴まれて、私の腕をグイグイ引っ張るクダリ君から引き離される。
私を助けてくれたのはクダリ君の双子のお兄さんのノボリ君だった。

「ノボリ君!」
「お久しぶりです、ナマエ様――お会いしとうございました」
「いやいや、たしか三日前にも会ったよね?」
「ナマエ様にお会いできない日は一日千秋。わたくし、そろそろ涙も枯れ果てそうです」

しれっと言って、蕩けそうな眼差しを寄越しながら掬い上げた私の手の甲に唇を押しつける。
この弟にしてこの兄あり、と言うか。
冗談にしても何にしても照れくさくて、あははと苦笑いしながら流していると、今度はそれを見て目を吊り上げたクダリ君がノボリ君に食ってかかる。

「あ゛ーっ!なにしてるのノボリ!ずるいずるい!!」
「うるさいですね。お前こそナマエ様にべたべたとくっつきすぎです。迷惑をかけるなと言っているではありませんか」
「迷惑なんてかけてないもんっ!ねっ!ナマエ!」
「え?う、うーん……そうだねぇ」

曖昧にかわす私を余所にノボリ君とクダリ君の言い争いが続く。
兄弟の口喧嘩なんて一見ありふれた光景に思えるけれど、実はこの二人、普通の人間ではない。

彼らは日が沈むあの山の奥にある、古い神社に住む狐。しかもただの狐ではなく、そこに祀られた神様に仕える神獣の血を引く由緒ある銀狐だ。

そんな二人と私がどうして知り合ったのか、という話はここでは割愛するけれど、ついこの間――それこそ、初めてこの子たちに出会った去年の暮れなんて私の腰くらいまでしかなかったのに、今では私の背なんか軽く追い越してすっかり成人男性の風体になった二人。もちろん耳も尻尾も上手に隠せるようになった。だけどさすがに中身はそれほど変わっていないようだ。
相変わらず賑やかで、仲良しで、見ていてとても微笑ましい。

「もーっ!ノボリのバカッ!わからずやっ!!」
「バカでもわからずやでも結構。その様なことより、今日はナマエ様をお誘いに来たのでしょう?」
「あっ!!そうっ、そうだった!」

ノボリ君の一言で言い争いをやめ、クダリ君がくるりと私を振り向く。
ああ、そう言えばさっき『お祭り』がどうとかって……

「あのねっ!お祭りする!だからおいで!!きっとすっごく楽しい!」
「本日わたくしたちの社で夏祭りを催しますので、ぜひナマエ様にお越しいただきたく」

私の両手をきゅっと握って、「夜店もいっぱい!花火もあるよ!」と興奮気味なクダリ君の説明を補うノボリ君。まさに『夏祭りを逃した』と嘆いていたばかりの私には素敵なお誘いだった。
――でも、ひっかかることがひとつ。

「あの、そのお祭りって本当に今日なの?そんな話聞いた覚えがないんだけど……」
「――ああ、そうですね。本来は人間の方ではなく、“我々”だけのものですので」
「でもね、大丈夫!ナマエは特別だから!!」

ノボリ君の言う“我々”ってのはきっと、彼ら“人ならざる者”を指すのだろう。
だとしたらそんな所に私が混じってしまって大丈夫なんだろうか。
そんな不安を浮かべた私の肩を、ノボリ君の掌が優しく包んだ。

「問題ありません。クダリの言うとおり、ナマエ様はわたくしたちの“特別な人”ですので」
「バレないバレない!バレたとしても文句なんて言わせないから平気!」

無邪気に傲慢だ。でもまぁ、あの神社でやるってことは二人は主催側だろうし、由緒ある生まれなんだからそっちの世界でも位が違うんだろう。周りが文句を言えないのも頷ける。

(――と言うか、私が問題おこさないように大人しくしておけばいいんだよね)

せっかくのお誘い。せっかくのお祭り。楽しみたいに決まってる。

「……それじゃあ、」
「準備完了!今度こそ出発進行―ッ!!」
「ひぇっ!?ちょっ、ちょっと待っ……もがっ!!」
「ナマエ様、舌を噛まないようにお気をつけて。しっかり掴まっていてくださいね」

何が起こっているのか、あまりの速さに頭がついていけなかった。
私の返事を聞ききらないまま、クダリ君が私を抱えて、ノボリ君の掌に口を塞がれて――目に映る景色が、電車に乗った時よりももっと、もっと早く流れていく。

そうして次に私の脚が地面についた時、そこは二人の棲家である神社の大きな鳥居の前だった。

「うわあ……!」

どこからか、笛や太鼓の祭囃子が聞こえてくる。
否応なく高揚する気分のまま当たりを見回せば、人混みを挟んで軒を連ねる屋台の数々。
食べ物はもちろん、お面に水風船、金魚すくい。朱色の風車が一斉に回る様には感動さえした。

「すごいすごいっ!本格的だね!」
「気に入って頂けましたか?」
「えへへ。あのね、準備すっごくがんばった!ほめて!」

もちろん気に入ったに決まってる。子狐だったころみたいに撫でてもらおうと背を屈めたクダリ君に破顔しながら背伸びして、お望み通り頭を撫でてあげるとふにゃふにゃと笑う。どれだけ身体が大きくなってもその笑顔は変わらない。なんていうか、おっきな弟が出来た感覚。

「行こう、ナマエ!射的やろっ!ぼく得意!!」
「――あ、ちょっと待って、わたしお財布……!」
「良いんですよ。人間の催す祭りとは違いますので、御代は頂きません。特にあなた様からは」
「ぼくたちが招待したんだから気にしないで!ほら、行くよ!!」

なるほど、言われてみればノボリ君たちのお祭りと、私たちのするお祭りは別物だろう。
周りをちらりと見回しても、他の人がお財布を出している様子はない。

(……って、あれ……?)

今――いや、今更ながら気づいたけど、ここにいる人みんな、人間の格好をしている。
たしか二人は前に『人の姿に化けられる妖はそうそういない』って言ってた、ような。
それに、

「――ねぇ、ノボリ君」
「……いかがいたしましたか?」

勝手に私と手を繋ぐ権利とやらを懸けて射的で勝負を始めた二人。
狙った獲物から視線を外さないまま応えるノボリ君の真剣な横顔に、なんだか少し落ち着かない気分になりながら問いかけた。

「どうしてみんな、顔を隠してるの?」

みんな、私たち以外のみんながみんな、同じ白い狐のお面で顔を隠している。

「――……」

パンッと小気味のいい音が2発。殆ど同時に両側から聴こえて、みんなと同じ白いお面をつけて脇に立っていたおじさんが無言のまま当たり鐘を鳴らす。
見事に撃ち落とし、手渡された箱の中から綺麗な彼岸花の簪を取り出したノボリ君はにっこりと笑いながら私の髪にそれを挿した。

「よく お似合いですよ」
「……ありがとう」
「ナマエ!ぼくも取った!!これあげるっ!」

はぐらかしたな。
クダリ君のとった可愛らしい白狐のぬいぐるみを受け取って目で訴えるも、微笑み一つでかわされてしまう。こういう狡いところはさすが狐だと思う。
この二人は、成長するにつれて狡猾になってきた。

「ねぇナマエ、そろそろお腹すいてない?」
「え?うーん……言われてみれば」
「何でもお好きなものをお召し上がりください。色々とご用意しておりますよ。焼きそばに、たこ焼き――甘いものがよろしければ、林檎飴なども」

一通り屋台を見て歩いたところで、ちょうど小腹がすいてきた。
そう言えばまだ夕食前だったし、お言葉に甘えるとして何を頂こうか。
あっちをちらちら、こっちをちらちら。決めかねて悩む私に、いつの間にかふわふわの綿菓子を手に戻ってきたクダリ君が頬を紅潮させて、弾けんばかりの笑顔で言った。

「あのね、林檎飴もらってきた!これから食べなよ!」
「わ、おいしそう。ありがとうクダリ君」

差し出された飴を受け取って、くるりと回した。竹串に刺さった小ぶりな林檎を包む半透明な赤い飴がツヤツヤ光っておいしそうだ。

さっそく一口。口を開けて、林檎飴を近づける。
――その声は、唐突に現れた。


「やめておきなさい」


「 え?」

祭囃子が、ぴたりと止んだ。
賑やかだった辺りが水を打ったように静かになり、気がつけば周りの人達みんなが足を止め、お面をつけたままこっちを見てる。
その異様な雰囲気もさながら、なにより私は、振り向いた先にいたその人の姿に驚いた。

「あなた、は……?」

黄金色の髪に、碧い瞳。
ノボリ君たちの親戚か何かだろうか。二人よりも更に長身で、どことなく異国情緒のある風貌だけど、顔つきはノボリ君たちに似ている気がする。何より特徴的なもみあげの形がそっくりだ。

「……インゴ様」
「ボクもいるヨー♪」
「……エメット、どうして君がここにいるのかな?」
「!」

インゴと呼ばれた彼の背後からひょっこりと顔を出したのは、これまた彼と瓜二つの容姿でニコニコと笑う見知らぬ男の人。
その人に棘のある言葉を投げかけたクダリ君にぎょっとさせられた。
だって、私の知ってるいつものクダリ君じゃない。
顔は笑ってるのに、目が全然笑ってない。剥きだしの敵意が隠すことなく二人に注がれてる。
それがわかっていないはずはないだろうに、エメットと呼ばれたその人はカラカラと笑って答えた。

「楽しそうなことしてるナーって、思ってさ。来ちゃった」
「ふざけないで。今すぐ消えてよ」
「!?ちょっと、クダリく」

「クダリ、よしなさい」

好戦的な目をギラギラさせて一歩前へ踏み出したクダリ君をすかさずノボリ君がたしなめた。
そのまま背後に私を庇うように、インゴさん達との間に割って入ったノボリ君は憂鬱そうにため息をつく。

「――ナマエ様、驚かせてしまって申し訳ありません。彼らはここより西の枝宮に仕える一族の者です。わたくしたちと彼らは人間で言うところの、遠縁のようなものとお考えください」

……と、言うことはやっぱり、彼らもノボリ君たちと同じ妖狐だってことなのか。
言い終わって一息ついたノボリ君が二人を見定める。遠縁のようなものだと言うその割に、眼光はクダリ君と同じく冷たく厳しい。

「……それで、本日はどのようなご用件で?」
「だから言ったでショ?楽しそうなことしてるからボクらも混ぜてもらおうと思って!」
「それで邪魔しに来たんだ。あいかわらず悪趣味」
「“悪趣味”はそちらの方でしょう」

クダリ君の言葉に、最初の一言以来無言だったインゴさんが口を開いた。


「その人間の娘に、なんの説明もなく我々の食物を食べさせようとしていたのですから」


「………」
「っ、ぇ…?え、なに?どういうこと?」

途端に押し黙ったノボリ君とクダリ君の態度に、訪れた緊張に、背中に嫌な汗が浮かび上がった。
インゴさんに声を掛けられなければ、今頃私はこの手の林檎飴を間違いなく口にしていただろう。
それに、なにか問題があるのだろうか。

「あ、やっぱり気づいてなかったんダ?ココにある食べ物はぜーんぶ、ボクらの世界のモノ。キミの住む世界のとは性質が違うんだヨ」
「…?えっと……それは、どういう」
「つまり、ソレを食べちゃうとキミは人間のままではいられない、ってコト!」

「………――え、」

「大方、その飴にはお前たちの血が混ぜてあるのでしょう。よくもまぁ見え透いたことを」
「人間がボクらの血液を体内に取り入れれば、ソレだけで婚姻の契りが交わされたコトになっちゃうから気をつけた方がイイヨ」
「ッ!!?」

『人間のままでいられない』って、『婚姻の契り』って。
インゴさんとエメットさんの口から飛び出した予想だにしない言葉の数々を信じることができず、咄嗟に目の前のノボリ君の着物を引く。
なのに、ノボリ君は黙りこくったままこっちを見てくれなくて――それでもまだ、二人を信じていたくて縋るような気持ちでクダリ君を振り向く。と、目の前が突然真っ白になった。

「わ、ぶ!」
「〜〜〜っナマエ!ごめんなさいっ!!」
「くだっ、 ちょっ、クダリ君っ、くるし……!」
「ごめんねっ?ごめんねっ!あのね、ぼくたちナマエのこと大好き!だからね、ずっと一緒にいたいって思ったの!」

問答無用で私を抱きつぶしながら頭に頬をこすりつけて、クダリ君が懸命に許しを乞う。
まるで飼い主に怒られた犬みたいだ。
よっぽど必死なのか、背中から大きな尻尾が出ちゃってた。これは多分耳も出てるな。

「……騙すような真似をして申し訳ございませんでした。許してほしいなどとは言いません――ですが、わたくしもクダリも、決して冗談や悪ふざけでやったわけではないのです」
「ノボリ君……」
「何度も申し上げているように、わたくし達は本気であなた様をお慕いしております。卑怯な手を使ってでも手に入れたいと、思うほどに」
「っ……」

ノボリ君が、切なげに目を細めながら掬い上げた私の手に頬を寄せる。
その熱の込められた眼差しに、手の甲を掠めた熱い吐息に、胸の奥がとくりと弾んだ。

まだ二人が上手に人間に化けられない子狐だった頃から、告白紛いなことは何度もされてきた。
『一緒に来てほしい』と、『一緒に生きてほしい』と幾度となく乞われた。
それを、子供の言うことだと真面目に取り合わず、のらりくらりとかわして来たのは私だ。
原因は私にだってある。
二人をここまで追い詰めたのは、狡い手を使わせたのは、私自身の責任だ。

「――……あ の、ね。二人の気持ちは、よくわかった。でも、これはさすがに、笑いごとじゃ済まない」
「……うん」
「……はい」

わかっててやってるんだろうか。
おずおずと私を解放したクダリ君はやっぱり、頭の上に狐の耳が出ちゃってて、それがまたこちらの庇護欲だとか母性だとかその辺りの感情をものすごく揺さぶる感じに、しゅんと下を向いている。
みるみる戦意がそがれていく。
それでもどうにか自分を奮い立たせて、気を抜けば緩みそうな眉間にぐっと力を入れた。

「………だけど、今までまともに取り合わなかった私にも責任がないわけじゃないから――
今回はまぁ、“おあいこ”ってことで、」


「だからお前はつけ込まれるのです」


「!!」

折角綺麗にまとまりかけたところでそれを壊す低い声。
いつの間にかすぐそこまで近づいてきていたインゴさんが鋭い眼でじっと私を見下ろしてくるものだから、無意識に一歩、後ずさってしまった。
そんな私に、インゴさんは不機嫌そうに眉を寄せて短く舌打ちした。

「……覚えておきなさい。狐は狡賢く、貪欲で、執着心が強い。狙った獲物は逃がさない」


「 絶対に 」


言って、インゴさんは飴を持った私の手首を徐に掴み、鋭い犬歯を覗かせたかと思うと赤い飴ごと林檎を一口齧りとった。
パキッパキッと、彼の歯に砕かれた薄い飴が割れる音がする。
呆気にとられてその光景を見つめる私の視線の先で、インゴさんはまたしても顔を顰め、咀嚼していたものを忌々しげに吐き出した。

「……不味い」
「アッハ!なに、インゴったらノボリたちに嫁入りするツモリ?」
「冗談は顔だけにしておきなさい。それが有効なのは人間の女だけです」
「言っとくケドキミと同じ顔なんだからネ!!あっ、チョット待って、インゴ!ヒドイッ!置いてかないでヨ!!」

カラコロと下駄を鳴らして、唐突に現れた二人は余韻も何も残さずに去ってしまった。
いつの間にか、私たちを囲んでいた筈のあの白いお面の人達も跡形もなく消えていて、今更ながら、それがノボリ君たちの見せていた幻だったのだとようやく悟る。

「……それじゃ、そろそろ私も帰ろっかな」

もう完全に日も暮れてしまったし、さすがにこれからお祭りを楽しめるような気分じゃない。
苦笑いで二人を振り向くと、ノボリ君もクダリ君も今にも泣き出しそうな情けない顔をしていた。
ああ、ああ、もう。そんなんじゃ折角の男前が形無しだ。

「ナマエ、怒った……?」
「……『怒ってない』、とは言えない」
「じゃ、じゃあぼくたちのこと……き、嫌いに、なっちゃった……?」
「………うーん」
「ナマエ様っ!!?」

腕を組んでわざとらしく悩むそぶりを見せると、焦った二人があわあわと両手を浮かせる。
その様がどうにも可愛らしく思えてしまって――我ながら甘いなとは思うけれど、二人に抱いた不信感なんてものはもう、遠いどこかに消えてしまった。

気持ちの重さや方向は違うかもしれないけど、私にとってもやっぱり、この双子は特別なのだ。
酷いことをされかけたとわかっていても、簡単に許せてしまうほどに。

「……二人とも、ちゃんと反省してる?」
「もちろん!」
「しています!」
「――だったら、誠意を見せてもらおうかなぁ」

夏が終われば秋が来る。
山に里に、おいしいものがたくさん実る楽しい季節だ。

「もうすぐアケビの季節だよねぇ。久しぶりに食べたいなぁ」
「!!!あのねっ、ぼく、木登り得意だよ!ナマエのためにいっぱい取ってきてあげる!」
「わたくしも、たくさん実る場所を探しておきます!期待していてくださいまし!」
「うん、楽しみにしてるね!」

微笑みかければ、ほっと笑顔がこぼれる。あの頃からちっとも変わらない、あどけない笑顔。
ほんの数か月前までは包み込んでいた掌に、今では私の方が包まれて、三人並んで灯篭に照らされた山道を下る。
そんな時間がいつまでも続けばいいと、夕闇の中こっそり祈った。








「送ってくれてありがとう、今日は楽しかったよ」
「またすぐ会いに来るからねっ!待っててね!」
「お土産をたくさん持って参ります。柿や栗もお嫌いではありませんか?」
「どっちも大好き!でもね、そんなの気にしなくていいから、いつでも遊びに来てね」
「っ……はい!」

店の前で別れを惜しみ抱きついて渋るクダリをあやし、ふわりと微笑ったナマエが手を振って踵を返す。その小さな背中が扉の向こう側へ見えなくなるまできっちり見送って、二人は同時にため息をついた。

「――失敗しちゃったね」
「……ええ、予想外の邪魔が入ってしまいましたから。次は結界を張っておくことにしましょう」


「「今度は絶対、失敗しないように」」


「――ね!」
「……ですね」

灯りのついた窓辺に揺れる影にうっとりと目を細め、双子の狐はクスクスと楽しげに笑った。




(13.09.02)
ねこじたさんへ!