復活 | ナノ


『勝手にしろ』

冷ややかとさえ感じられるほどに感情の篭らない声でそう告げてナマエがスクアーロの部屋を出て行ってから二日が経った。その間スクアーロは屋敷の中でナマエを見かけた覚えが一切ない。

いくらこのヴァリアーの屋敷が広いと言っても幹部同士のスクアーロとナマエが任務も入っていないのに二日間一度も顔を合わせないという事態は異常だ。
食事の時間にだってナマエは現れなかったし、会議にも出席していない。
なのにそのことに誰も(ザンザスさえも)何も言わないので、皆の前であんな風に大喧嘩したスクアーロがナマエのことを訊ねられる筈もなく、彼は苛立ちを紛らわすかのように乱暴な動作でヴァリアーの黒い隊服に腕を通した。

今宵は予定されていたランニョファミリー襲撃の日だ。



「――いいかぁ、テメェらは雑魚の相手をしてれば良い。ボスと幹部は俺が殺る」

標的のアジトの背後に聳える切立った高い崖の上でスクアーロは連れてきた数人の部下を振り向き最終確認をした。
綺麗に一列に整列して無言のまま其々に頷く彼らを満足げに眺め、もう一度アジトへ視線を戻す。
一般家庭ならもうとっくに寝静まっている時間帯。目の前のランニョのアジトの灯りも点々としていて弱い。

(頃合、か)

スクアーロの口角がニタリと釣りあがる。

「行くぜぇ――!」

銀の髪を風に遊ばせながらスクアーロと隊員は躊躇なく崖を飛び降りた。



* * *



先ほどまでの静けさが一変。屋敷の中のあちらこちらで銃声が響き、悲鳴が上がる。
スクアーロは目の前に残っていた最後の幹部らしき男を一撃で壁に弾き飛ばし、間を置かずにその首に左手の剣をぐっと押し付けた。
微かに薄い皮膚が裂かれ、男の首から流れた血が剣を伝って床に落ちる。

「う゛お゛ぉい!!貴様らのボスの武器は何だぁ?」
「ぐ……ぅ」

徐々に剣を押し付ける力を強めても男は一向に口を割る気配がない。そのオメルタの徹底にスクアーロは内心感心しながらもフンと鼻で嗤った。

「用無しだ。貴様は死んどけぇ」

言い終わると同時に男の首が飛ぶ。
頭を失った身体がぐらりと傾いて倒れ、通路に転がる幾つもの屍の仲間となる。
興味なさそうにそれをチラリと一瞥して滴る血を振り払ったスクアーロは通路の奥にある部屋の扉へ視線を移した。
おそらくそこにランニョのボス、シモーネがいる。

『奴は……――強い』

酷く真剣なナマエの声を不意に思い出してスクアーロは顔を顰めた。
今思えば、言い争ったスクアーロの部屋をわざわざ訪ねてまでナマエが警告したのだ。
負ける気は全くないが、やはりそれなりに警戒した方が良いのだろう。

そこまで考えてスクアーロの胸に微かな罪悪感が芽生える。
あくまで自分の――仲間のことを想って言っていたナマエを自分は一笑した。暗殺者がこう言うのも何だが、それは酷いことじゃないだろうか。

(………これが終わったら、一応謝っと)

ブブブッ

スクアーロの思考を遮って通信機が低い音を立てて着信を知らせていた。
部下と繋がっているインカムからではない通信に「何だぁ?」と軽く首を傾げ、取り出したそれの通話ボタンを押す。

「う゛お゛ぉい、何の用だぁ」
『スクアーロ、私だ』
「――ッ、?!」

てっきりザンザスあたりがかけてきたものだと思っていたスクアーロは通信機から聞えてきたナマエの声に一瞬思考が停止し、次に思い切り動揺する。耳から通信機を離して液晶を確認すると、そこには確かにナマエの名前。

『……聞えているか?スクアーロ』
「き、聞えて、る…(どもった!)」
『――なら良い。ところでお前、今どこにいる』
「あ゛ぁ?ランニョのアジトに決まってんだろぉ」

二日間姿を見ていなかった、たったそれだけのはずなのに、通信機越しのナマエの声に何故か安堵を覚えている。
しかしスクアーロ自身はそんな自分に気がつかないまま、ついまた嫌な言い方をしてしまう。
咄嗟に「しまった」と思ったが、ナマエの方は大して気にしていない風だった。

『もうシモーネはやったのか?』
「今から仕留めるところだぁ」
『……奴はどこに?』
「多分この先にある部屋の中だろうなぁ」
『密室か……――』

何か考え込むようにナマエの声が途切れた。

「う゛お゛ぉい、密室が何かあんのかぁ?」
『……スクアーロ、お節介だと思うだろうが、これから私の言うことをよく聞いてくれ』

沈黙に痺れを切らせたスクアーロにナマエはまた真剣な声で話し始める。その言葉に多少嫌味が見え隠れしたのだがそこはスクアーロもぐっと堪えた。

『良いか、部屋に入ったら絶対に“音”に捕まるな』
「“音”、だぁ?」
『あぁ。これは私の推測だが、奴はおそらく――』



* * *



バンッ!と大きな音を立ててドアが蹴り開けられる。
その音に続いて部屋の中に放り込まれたのは先ほどスクアーロが殺した男達の頭。
それらが放物線を描いて床に落ち、重い音で転がる様に部屋の主は顔を顰めた。

「いよお゛ぉゴミ野郎、部下がやられてるってのにテメェは一人でかくれんぼかぁ?」
「……おや心外ですね。隠れていたつもりはありませんよ?」

部屋の中に一歩踏み入れたスクアーロにシモーネの唇は微かに歪んだ弧を描く。
灯りの弱い部屋の奥からシモーネが姿を現し、何も持たぬ右手をスクアーロへ向けた瞬間、

ひぅん、ひぅん、と

空気を切り裂く鋭い音がスクアーロに迫った。


『音に捕まるな』


先のナマエの言葉を思い出し、スクアーロはすぐさまその場から飛び退くとニヤリと笑みを浮かべる。どうやらナマエの推測は的中したようだ。


『奴はおそらく“曲弦師”だ』
「曲弦師?」
『ああ、武器は大雑把に言ってしまえば“糸”だな。ある程度の強度があればどんな糸でも武器にできる』
「ベルのワイヤーと同じようなもんかぁ?」
『いや、少し違うな。ベルフェゴールのワイヤーはナイフがあってこそだ。それに対して曲弦師はあくまで糸を武器にする。ベルフェゴールのようにナイフにワイヤーをつけているなら使い手とナイフの位置を考えればある程度ワイヤーの位置はわかるが、曲弦師は見えにくい糸そのものを操れるから見切るのは更に難しい。だから糸の“音”に注意するんだ――絶対に捕まるな』


「――曲弦師、か。確かにちっと厄介だなぁ」
「な、に……?!」
「だが、仕掛けが解っちまえばなんて事ねぇ」

糸をかわしたスクアーロに、シモーネの瞳が驚愕に見開かれる。舌打ちをして今度は両腕を大きく振り上げるシモーネにスクアーロは更に笑みを深くし、トン、と床を蹴った彼の姿がシモーネの視界から突如消えた。

「――お前が腕を動かすよりも速く、俺が動けば良いだけだぁ!!」
「ッひ、ィ――!!!」

いつの間にか背後に回り込んでいたスクアーロの声にシモーネから上ずった悲鳴が上がる。
しかし宣言通り、彼が何かしらのアクションを起こすよりも速くスクアーロの剣が閃いて、短い断末魔の叫びと共にシモーネの身体は二つに分かたれた。




(→)


(07.06.02)(12.10.15 修正)

曲弦師の設定は大好きな戯言シリーズからお借りしました。