「……で、どこを案内すれば良いんだぁ?」 「そうだな、大体ルッスーリアに教えてもらったから、後は訓練場と――」
「あ、スクアーロじゃん」
ナマエの言葉を遮って、曲がり角からヒョイと現れたのは金髪の自称王子ベルフェゴール。 その肩にはちょこんとマーモンの姿もあり、スクアーロは面倒くさい奴らに会ってしまったと、またしても「ゲ」の音を漏らした。
「そいつ誰?センパイのオンナ?」 「な゛っ……!」
ナマエを見て、うししっと笑いながら言ったベルフェゴールにスクアーロの白い頬が染まる。 動揺して咄嗟に言い返せないスクアーロをナマエは微かに呆れたような目で見やり、密かに小さくため息をつくと自分から口を開いた。
「本日からヴァリアーに入隊したミョウジナマエです」 「”ナマエ”?…あのセルペンテ策士の”ナマエ”かい?」 「はい。お初にお目にかかります、アルコバレーノ」
一目で自分をアルコバレーノであると見抜いたナマエにマーモンは興味を持ったようで、深く被ったフードの下からナマエをじっと見つめる。 次いで、赤くなったスクアーロをひとしきりからかったベルフェゴールもナマエに向かい直り、口元に楽しげな笑みを浮かべたまま、マーモンと同じようにナマエを眺めた。その無遠慮な視線に、なぜか顔を顰めたのはナマエではなくスクアーロだったが。
「へぇ、珍しいじゃんこんなに若い女のヴァリアーなんて。メインウェポンは?」 「いえ、私は基本的に戦闘要員ではありませんので」 「じゃあ腰のソレは?飾りじゃないんだろう?」 「……えぇ、まあ。護身に困らない程度には」
腰のホルスターに収められた拳銃に視線を移したマーモンにナマエは少しばかり言葉を濁し、それを指先で軽く撫でながら曖昧に答える。 そんな彼女にスクアーロは内心で毒づいた。
(どこが”護身に困らない程度”だぁ)
ナマエの腕なら殺し屋としてでも十分やっていけるはず。 昨晩ナマエによって殺された者達の状況を見たスクアーロには確信があった。
「ム……――コルトロイヤルブルーフィニッシュ。違うかい?」 「!ご存知ですか」 「うむ。良いのを使ってるね」
見せてくれるかい?と訊ねられたナマエは素直にホルスターから銃を取り出す。 どことなく嬉しそうなその肩にマーモンがひょいと飛び移り、ふんふんと頷きながら彼女の愛銃を眺めた。 早くも仲良さげな二人の姿に、スクアーロがまた言いようのない小さな苛立ちを感じたのは余談だ。
「マーモン、それってスゲェの?」 「この型のこの仕上げはとても珍しいんだよ。熟練工が引退するのにつれて質が落ちていったからね。コレクターの間ではかなりの高値で取引されてるんだ」
流石は強欲のマーモンと言うべきか、金が絡む話になると楽しげである。 ベルフェゴールも「へぇ」等と呟いてから興味津々と言った体で深みのある青を纏ったような黒いリボルバー式拳銃を改めて見つめた。
「ナマエだっけ?さっき訓練場がどうとか言ってただろ?オレ案内してやるし、ついでにお前の腕前見せてよ」 「うむ、僕もぜひ見てみたいよ」
(……つかベルの奴俺らの会話聞えてたなら最初からナマエが俺の女じゃないことくらいわかってたんじゃねぇか!!)
怒りにプルプルと拳を震わせるスクアーロをナマエはチラリと窺った。 一応臨時とは言えナマエを案内するのはスクアーロの役割なので律儀にスクアーロの指示を求めているらしい。 ナマエの視線に気付いたスクアーロは一瞬ドキッとしたものの、すぐに視線を逸らして早口気味に言った。
「俺も行くぜぇ。コイツの案内を任されてるのは俺だからなぁ」
またほのかに赤くなった頬を再びベルフェゴールにからかわれたのは言うまでもない。
* * *
道すがらに二人の自己紹介を交えつつ一通り訓練場を見て回った後、射撃場に来た一行はベルフェゴールとマーモンのリクエスト通りナマエの銃の腕前を見物することになった。 訓練用の拳銃を手に取ろうとしたところでベルフェゴールがナマエの腰を指差す。
「折角だからソッチの見せてよ」 「……はい」
言われて愛銃を手にナマエは的の前に立つ。彼女から少し距離を置いてその背後に3人が立った。 スッと両手で銃を構えたその姿は凛としてその場の空気がガラリと変わる。 スクアーロは思わずそんな彼女の背中に見入っていた。
バン!と空を裂くような大きな発砲音が一つ響く。 目を細めて的を見ると、1発目は的の中心である赤い小さな丸から微かにはみ出ていた。
ほう、と3人はそれぞれに感心し、ベルフェゴールなどは小さく「やるじゃん」と零す。しかし彼らが本当に驚くのはここからだった。
バン!!バン!!バン!!バン!!バンッ!!
2発目は見事に的のど真ん中に穴を開ける。 そして彼女は続けざまに4度引き金を引き、装弾してあった6発全てを連続して打ち込んだのだが、終わってみれば的の穴は最初の2発分だけ。
「――驚いた。ワンホールショットだね」
大きく響く発砲音が消えた後、最初に口を開いたのはマーモンだった。 彼の言うワンホールショットとは、先の射撃で目標物に貫通根を残し、その弾痕を的として連続射撃する技術のことだ。 つまりナマエは、2発目以降の弾を全て的のど真ん中に寸分のズレなく撃ち込んで見せたのだ。
「初弾は少しずれますし、片手ではこうはいきませんが」 「……いや、それでも普通こうはいかないっしょ」
ベルフェゴールでさえも驚きを隠さずマジマジと振り向いたナマエを見つめる。それはスクアーロも同じ事で、まさか彼女の腕がこれ程までとは思いもしなかった。
もともと才能はあったのだろう。しかしそれでもこの域に達するまでには相当の訓練を要したはず。 まだ幼さを残したこの少女が一体どこでそんな経験を積んだのか甚だ疑問だ。
「――うししっ、マジでやるじゃんナマエ。オレの隊に入んね?」 「え?」 「あ゛?!」
スクアーロがそんな風に思案している間に歯をむき出して笑いながらナマエに近づいたベルフェゴールがぐいっとナマエの肩を抱き寄せ、ナマエとスクアーロはほぼ同時に驚きの声を上げた。
「いいじゃん、まだ誰の隊に入るか決まってないだろ?」 「あの、だから私は戦闘要員ではなくて……」
肩を抱かれたナマエは無表情を崩さないが居心地が悪げに微かに身を捩る。 それでも尚食い下がらないベルフェゴールに切れたのはやはりと言うかスクアーロで、ツカツカと二人に歩み寄るとベリッという効果音が付きそうな勢いでナマエをベルフェゴールから引き剥がし、自らの背後に隠すようにして彼を睨みつけた。
「う゛お゛ぉい!コイツは策士だからどこの隊にも入らねぇぞぉ!!」 「は?何、スクアーロには聞いてねーんだけど」 「テメェがコイツの話を聞かねぇから言ってんだろうがぁ!!」
ギャンギャン騒ぎ出した(と、言っても大声を上げるのはスクアーロだけだが)二人を尻目にトテトテとナマエの足元にやってきたマーモンがじぃっとナマエを見上げる。 何となく彼の言いたいことを理解して、「失礼します」と断ってから小さな身体を持ち上げ胸元で顔を合わせるようにして抱いてやるとマーモンは満足げに鼻を鳴らした。
「ここでも策士として動くのかい?」 「はい」 「そう。残念だな、僕も君がほしかったのに」 「そう言って頂けて光栄です」 「ム……それと、その敬語は使わなくていいからね。どこの隊にも入らないということは君も幹部レベルの一人なんだから」
ね?と可愛らしく首を傾げられてナマエは思わず頷いていた。 長く施設で暮らしていたので子供の扱いには慣れているし、意外と子供好きなナマエだが、それを差し引いてもマーモンには何か特別な力があるように感じた。 彼のお願いとあれば何でも叶えてあげたくなってしまうような、そんな不思議な力だ。
そうこうしているうちにベルフェゴールの部下がやってきて、ボスに召集をかけられた彼はナマエに手を振り、スクアーロには舌を出してその場を去っていく(スクアーロが剣を出しそうになったのをマーモンが「やめなよ大人気ない」の一声で止めた)
「じゃあ僕も少し用事があるから先に失礼するよ」
ひょいっとナマエの腕から飛び降りたマーモンが「またね」と言ってから術士らしく一瞬のうちに姿を消す。 漸く煩いやつらが消えたとスクアーロは大きく息を吐き出した。
「……他に見ときたい場所あるかぁ?」 「ああ、資料室を見せてもらいたい」 「ん゛」
小さく頷いて歩き出すスクアーロの後にナマエが続く。 訓練場を出たところでナマエはふと思い出したように足を速め、スクアーロに追いつくと彼の服の端をちょいちょいと引っ張った。
「あ゛?どうした?」 「ありがとう」 「……………は、あ゛?」
唐突に礼を言われ、虚を突かれたスクアーロは思わず立ち止まって聞き返す。それに従ってナマエも足を止め、背の高いスクアーロを見上げながら言った。
「さっき、ベルフェゴールから庇ってくれただろう?正直助かった、あのタイプはどうも苦手なんだ。だから 」
”ありがとう”
もう一度繰り返して微かに笑んだナマエ。
「ッ…!」
途端になぜか動悸が激しくなり、その顔を直視することができず、スクアーロは咄嗟に彼女の頭を掌で押さえつけるようにして少々乱暴に撫でながら強引に下を向かせ、自分と視線が合わないようにした。
「――またベルに絡まれたらすぐに呼べよぉ。ちゃんと助けてやるからなぁ」 「……ああ、わかった」
答えるナマエの声が、やはり少し笑っている。 それにつられたのか、それともこの少女に頼ってもらえることが無意識のうちに嬉しかったのか、スクアーロもまた自分では気付かないうちに小さく笑んでいた。
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(07.05.09)(12.10.15 修正)
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