ターゲットの死を確認する為、スクアーロはナマエを連れて上の階へと上がった。 他とは異なる装飾が施されたいかにもな扉は小マフィアにありがちなボスの部屋の証。 三分の一程度開いたその扉の隙間からは既に内部の惨状が見て取れ、部屋の中に生きた人間の気配は感じられなかった。
一歩部屋に入れば既に嗅ぎなれた血と、微かな硝煙の香りが嗅ぎ取れる。 床に倒れている男は全部で三人。全て写真で確認した顔だ。 その内一人はセルペンテボスのロベルト、残り二人は側近。 スクアーロは物言わぬその男達をしげしげと眺めた。
三人のうち二人は額に一発ずつ、そして一人には注意して見なければと判らないほど僅かにだが、位置をずらして二発、他と同じく額に打ち込まれている。 おそらく即死だったのだろう。三者共もがいた形跡がない。
だが拳銃とは殺傷能力の低い武器だ。 それをもって即死させるには人体についての知識と相当の技術が要される。 それくらいは専門外のスクアーロでも知っていた。
「即死させたのはせめてもの情けかぁ?」 「……私は、彼らが嫌いで殺したわけではありませんから」
口元に皮肉げな笑みを浮かべて問うスクアーロに、表情を一切崩さずに答えたナマエだが、その頬は相変わらず青白かった。
* * *
ヴァリアーのアジトまでの道中、スクアーロとナマエの会話が弾むわけもなく。結局セルペンテの屋敷での会話以降初めてスクアーロが口を開いたのはアジトの門に到着した折の「ついて来い」という言葉だった。
「良いかぁ、約束通りボスに合わせてやるが、そっから先は俺の知ったこっちゃねぇ」 「承知しております」 「………殺されそうになったって俺は助けねぇぞぉ」 「貴方様にそこまでの期待はしておりませんのでご安心ください」
『自分の身一つ、守れないわけではありません』
きっぱりと言い切ったナマエにスクアーロはあからさまに顔を顰めた。 あどけなさを残すその少女の見た目と相まって、性格はより冷え切っており、より可愛げなく感じられる――とは言っても、助けを求められても手を貸してやるつもりなど彼には微塵もなかったが。
「――着いたぞぉ」
カツっと大きな扉の前で足を止めたスクアーロはノックもなしに蹴破る勢いで部屋に入る。 その光景には流石のナマエも驚いたのか瞠目し、だがすぐに正気に戻って先を行く銀髪の後を追った。
「う゛お゛ぉい!!帰ったぜぇボスさんよぉ!」
部屋の中に居た男。 豪勢な椅子に座り、幅広なデスクに片足を乗せ、スクアーロを一瞥してから自らに向けられたその余りに鋭い赤い瞳にナマエは思わず一瞬身震いして、ややあってから漸く硬直が融けたように片膝をついた。
「……そのガキは」 「噂のセルペンテの策士。ついでにセルペンテのボスを殺ったのはコイツだ。てめぇに会うための手土産代わりだとよぉ」
ピクッと男――ザンザスの眉が動いたのをスクアーロは見逃さなかった。 この男にとっても噂の策士の正体がこの年端も行かない少女だったという事実は驚くに足ることらしい。 彼の燃えるような瞳はナマエに向けられたまま、その内側にある真意を見透かそうとするかのごとく細められる。
「――顔を上げろ」
広い部屋に重く響いたザンザスの声は威厳があった。 ナマエは一度目を伏せ、そしてスッと顔を上げる。 身体の震えは既に止まっており、黒い瞳は逸らされることなく真っ直ぐにザンザスを捉えた。
「お初にお目にかかります、ザンザス様。セルペンテでは策士を務めておりました――ミョウジナマエです」
幼さを残しつつも凛としたナマエの声と、強い意志の光を秘めたその眼差しに彼の超直感は何かを感じ取ったのか、不機嫌そうだった口元が微かにだがつり上がる。 その光景を不審げに見ていたスクアーロへ、ザンザスは視線をナマエから逸らさないまま言った。
「下がれ、スクアーロ」 「……あ゛ぁ?」 「下がれと言ったのが聞えなかったか、カスが」 「ッ…!」
ザンザスの命令に逆らうことはスクアーロには出来ない。 スクアーロとしてはファミリーを裏切ってまでザンザスとの面会を求めたナマエの目的と成り行きに少なからず興味があったのだが、仕方なしに舌打ち一つで割り切り、踵を返す。 ナマエの横を通り過ぎる際、チラリと視線を投げかけると意外にもナマエがそれに応え、一瞬だけ視線が絡まった。
”感謝します”
音を発さない唇が、しかし確かにそうかたどる。
「――!」
微笑んでいるかのようにも見えたその表情に思わず呆気に取られて足を止めかけたスクアーロだったが、ザンザスの威圧感をヒシヒシと背中に感じて咄嗟に目を逸らし、足音荒く部屋を出た。
部屋を出たスクアーロの足音が遠ざかって行くのを確認したザンザスはデスクに乗せていた足を下ろし、肘掛に肘を立てて頬杖をつき、跪いたままのナマエを改めて見下した。
「――で?ファミリーを利用してまで俺に会いに来た目的は何だ」
ニヤリと意地悪く笑うザンザスには大抵のことが見透かされている様だ。
(……流石ボンゴレ9代目の直系にしてヴァリアーのボス、切れ者だな)
緊張から密かに喉を鳴らしつつ、ナマエは己を鼓舞するために掌を強く握り締めた。 この男の前では少しの弱みも見せるべきではないと本能が告げる。 一度目を閉じて自分を落ち着かせ、ナマエは再び正面からザンザスを見据えた。
「私を、ヴァリアーに入隊させてください」
その言葉をあらかじめ予想していたのか、ザンザスの笑みが深くなる。 無言のまま先を促す彼に従いナマエは続けた。
「――私には生涯をかけて復讐を誓った男がおります」
無機質に近かったナマエの声、そして瞳に、ここに来て初めて明らかな色が窺える。 それはザンザスにとって酷く身近な――”怒り”だ。
「私の両親はあるファミリーの一員だったのですが、その男によって殺されました。運悪く一人逝きそびれた私はその後とある養護施設に拾われて生き延びましたが、この胸に巣食いた復讐の悪鬼が消えることはなく。一年前、このヴァリアーの事を知った後に居ても立ってもおられずに飛び出しました」 「施設――……ハウスか?」 「!、ハウスをご存知でしたか」
ナマエが拾われた施設はただの養護施設ではない。 一人の偉大な発明家がその発明資金で世界各国に建てた孤児院。 そこで身寄りのない孤児を集め最先端の英才教育を施し、世に送り出すという特殊なものだ。 存在も実態も世間にはあまり知られていないのだが、ザンザスは知っていた。
(やはり、侮れない)
「……その男は現在、ファミリーのボスをしております。しかし、所業は穢れ、掟に背いていることは明らか。いずれボンゴレ9代目により粛正の命令が下されるでしょう」
「その折には何としても、私の手で奴の息の根を止めたいのです」
黒い瞳の中でチラチラと燃えるのは先程よりも更に強い憤怒。 自分以外の者の中にこれ程までの怒りを見るのはザンザスにとって初めてだが、彼はそれを存外心地よく感じた。
「その男の、名は?」 「――……」
ザンザスから目を逸らさないまま、しかしナマエは口を噤んで答えない。 一方的に利用されることのないよう、目的の人物の名前を明かすつもりはない。 当然、ザンザスにはそんなナマエの心の内がすぐに読め
「……っ、ぶはーっはっは!!!」
彼は声を上げて嗤った。
「気に入ったぜ、策士ミョウジナマエ!お前の入隊、俺が許可する」
ナマエは自分が微かに震えていることに気がついた。 それは目の前の男の底知れない闇を垣間見た所為なのか、それとも漸く彼女の悲願である復讐への一歩を踏み出せたからなのか、あるいはその両方からくるものだったのか、ナマエにはわからない。
しかし再び頭を下げたナマエに最早迷いはなかった。 引き返せぬ道を選んだ後悔も――ない。
「――この身に出来うる限り、精一杯仕えさせていただきます」
答えて閉じたナマエの瞼の裏。 何故か一瞬煌いたのは、スクアーロの髪を思わせる銀色の光だった。
(→)
(07.04.07)(12.09.22 修正)
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