「んもうっ、折角のクリスマスくらい丸々お休みにしてくれたって良いのにぃっ!」
ボスったら本当に意地悪だわ、と厚い唇を中央に寄せてながら誰にとも無く呟くルッスーリアは今から任務に出るところで、娘のように可愛がっている同僚からもらった手編みのマフラーをしっかりと首に巻きエントランスへ続く階段を降りていた。
そして彼が最後の一段を降りたとき、バンッと大きな音を立てて両開きの扉が開かれ、長い銀の髪を持つもう一人の同僚が若干息を切らしながらエントランスへ現れる。その姿に、ルッスーリアは思わずクスリと笑みを零した。
「あら、お帰りスクちゃん!予定より早かったのねぇ」 「“ちゃん”はやめろぉ゛!!っつか、それよりナマエは?!」 「部屋にいると思うわよ」
ルッスーリアの返事を聞き終わる前に階段を駆け上がるスクアーロ。 彼とすれ違う瞬間、ルッスーリアは自分のしている蘇芳色のものと良く似たデザインの藍色のマフラーがスクアーロの髪と一緒に揺れたのを見て、再び笑みが浮かぶのを耐え切れなかった。本当に可愛らしい二人だわ等と思いながらチラリと腕時計を覗いたサングラスの奥の瞳が、優しく細められる。
「間に合って良かったわね、スクアーロ」
25日が終わるまであと一時間。クリスマスはまだ、終わっていない。
「う゛お゛ぉいナマエ!!起きてるかぁ?!」
ノックの返事がある前にドアを開けて部屋に入ってきたスクアーロに、ソファで本を読んでいたナマエは驚いて瞠目する。が、それはほんの数秒に満たないことで、肩で息をしているスクアーロの姿を認めると、彼女の漆黒の瞳は柔らかく細められた。
「お帰り、スクアーロ。早かったんだな」 「…お゛ぅ」
ナマエの声で聞く『お帰り』という言葉は不思議な力を持っているようだ。何度聞いてもスクアーロの胸を揺さぶり、 雪が降ってもおかしくない位の外の寒さについ先程まで震えた筈の身体までじわりと温まる。
「座って待っていてくれ、今コーヒーを淹れてくるから」 「悪ぃなぁ」 「いや、構わないよ」
本に栞を挟み、腰を上げたナマエは簡易キッチンへ行く前にコートを脱いでいるスクアーロを不意に振り向いた。その瞳が彼の巻いているマフラーを見つけ、ふわりと微笑みが浮かぶ。
「使ってくれているんだな、ソレ」 「……当たり前だろぉ」 「そうか。嬉しいよ」
ありがとう、と。小さく呟いたナマエが今度こそ簡易キッチンへ消える。 その背中を見送って「そりゃこっちの台詞だぁ」と更に小さく呟いたスクアーロの頬が微かに染まっていたのは、きっと外の寒さの所為だけではなかったのだろう。
* * *
「……ケーキ?」 「少しくらい食べれるだろう?」
数分後、帰ってきたナマエの持っているトレイの上には淹れたてのコーヒーと小さめのホールケーキ。クリスマス仕様なのかヒイラギの葉が可愛らしく飾り付けてある。
「これ、お前が……?」 「ああ。安心しろ、甘さは普通にしてあるから」 「(手作り…!)う゛お゛ぉい……もしかして用意しててくれた、のかぁ?」
二人で丁度食べきれるくらいの大きさに、もしやと期待してしまう。 甘さ対策のためかイチゴが多めに使われたそのケーキを切り分けるナマエの手が一瞬だけ止まり、彼女の頬がそのイチゴと良く似た色にぽわっと染まるのがわかって、スクアーロの胸はまた密かに躍った。
「――何となく、な…お前が今日中に帰ってくるような気が、したんだ」 「!!」
(〜〜〜っ、ばっ…か野郎不意打ちで可愛い過ぎんだよお前はぁぁあ!!)
心の中では盛大に叫んでのた打ち回るが、実際はヴァリアークオリティを駆使して(?)冷静を装うスクアーロである。が、しかし何となく不安になってさり気なく片手で鼻を押さえておいた。 そうこうしている内にケーキを切り分けたナマエが皿をスクアーロと自分の前へ置き、いつも通り少しだけ距離を置いて彼の隣へ腰を下ろす。 なかなか埋まらない最後の距離をもどかしく思いつつもスクアーロは皿を手に取り、フォークで一口分にしたナマエの手作りケーキをパクリと口へ含んだ。
イチゴの酸味と生クリームの甘さが丁度良い。スポンジも乾きすぎず湿りすぎずふわふわとして良い感じだ。店で売っているようなケーキよりも、彼女の作るケーキの方がスクアーロはよっぽど好きだった。
「――美味いぜぇ」 「それは良かった」
ナマエの声がいつもよりも少しだけ弾んで嬉しげだったのはきっと気のせいではないだろう。自分と一緒にクリスマスを過ごせることを、彼女もまた少なからず喜んでくれているのだと理解できて、スクアーロは自然と破顔気味になりながらそっと左手でポケットの中を探る。 鋼の義手の指先が小さな箱に触れ、硬い感触が微かに伝わった。
箱の中身はナマエのために用意したプレゼント。 実はもっと早く屋敷に戻れる筈だったのだが、それを選んでいたがためにこんなギリギリの時間になってしまったのだ。 渡すなら 今しかない。
「――ナマエ」 「うん?」 「………やる」
上手い言葉なんて咄嗟に出てこなくて、緊張しすぎて目を見れなくて、ついぶっきら棒に、ムードも何も無く言ってしまう。 突然差し出されたその細長い箱をナマエは今度こそ目を丸くして見つめ、数秒後にやっと戸惑いながらもそれを受け取った。
「マフラー、の……お返しか?」 「まぁなぁ」 「…開けても?」
気恥ずかしさを紛らわせるためにカップを傾けながらスクアーロが頷く。それを認めてナマエはケーキの皿をテーブルに置き、膝の上でリボンを解いた。
青色の包装紙を破いてしまわないように、慎重に剥がしていくナマエ。その横顔をチラリと盗み見てスクアーロは自分の胸がまた早鐘を打っていることに気付かされた。 箱の中から現れたケースがナマエの手によってパカリと開かれる。
繊細な銀のチェーン。 その先には揺れるクローバーのモチーフ。 四葉の先の茎部分には控えめに埋め込まれたピンクダイアが輝く。 華美過ぎる物を好まないナマエのために選んだネックレスだ。
「…スク、アーロ」 「ん゛?(き、気に入らなかったかぁ?!)」 「い、や……あの、な。すごく嬉しいんだが…コレは受け取れない」 「ッ?!う゛お゛ぉい!!何でだぁ?!」 「何でって、お前……」
完璧に困り顔のナマエが、もう一度ネックレスへ視線を落とした。
スクアーロの気持ちは本当に嬉しいし、デザインもナマエ好みのものに違いない。 けれど、こう言っては何だが、思うに値段がありえないのだ。 ケースに入っているブランド名はあまり詳しくないナマエでも知っている有名店のものだし、ピンクダイアが天然物だとすれば更に大変なことになる。 スクアーロが高給取りなのは知っているが、それにしたってこれをマフラーのお返しとして受け取るには心苦しすぎる。
「常識的に考えてくれ、私がこれを受け取るのはおこがましいと言うものだ」
苦笑しつつケースを閉じ、それをスクアーロへ返そうとしたのだが、ムッと眉を顰めたスクアーロが頑としてそれを拒み、受け取ってくれない。
「……スクアーロ」 「それはお前に選んだモンだぁ、要らねぇなら捨てればいい」 「っそんな、捨てる、なんて」
確かに、ナマエのためにと選んだ物を誰か別の人へ贈るなんて失礼な真似はスクアーロはしないだろうし、彼が持っていたとしてもどうにもならない代物。それでもやはり、気が引けるものは気が引けるのだ。
「……お前、そのデザイン嫌いかぁ?」 「いや、好きだよ。ただ私には少し可愛らしすぎる気もするんだが…」 「――ンなことねぇぞぉ」
スッと伸びてきたスクアーロの手が、先程まで頑なに拒んでいた筈のケースをナマエの手から抜き取り、徐に度蓋を開けネックレスを取り出す。 きょとんとして彼を見つめるナマエの肩を掴み、スクアーロは少々強引に彼女に背中を向けさせた。
「っ、スク、?!」 「良いから、大人しくしてろぉ」
身を捩ろうとするナマエを言葉で制してチェーンの両端を持った手を回し、白い項に流れる黒髪をそっと払う。そしてそこで留具をはめてやり、ナマエをもう一度自分へ振り向かせて彼女の首筋で輝くネックレスを確認したスクアーロは、珍しくクシャリと、まるで少年の様な無邪気な笑顔を向けた。
「う゛お゛ぉい!!よく似合ってんぞぉ!!」
「――っ、」
自分の顔が、かつてないほど熱を持ったのを感じてナマエは咄嗟に俯いた。 胸がバクバクとすごい音を立てていて、呼吸さえ思うようにできない気がする。 けれどそんな異常な状況にあるというのに、頬が緩むのもまた 抑えようがないのだ。
「…――敵わないな、お前には」
「ん゛ん?何か言ったかぁ?」 「……いや、『ありがとう』と言ったんだ」
少しだが頬の熱が引いたのを確認して、そっと顔を上げる。 自分を見つめてくれている銀の瞳の視線と絡まるとまた顔が熱くなったけれど、それでも今度は俯くことなく、ナマエは素直な微笑みを零した。
「ありがとう、スクアーロ。大切にするよ」 「――!、お゛ぅ!!」
そしてクリスマスの翌日から、ふとした瞬間に見えるナマエの首筋には銀のチェーンが覗くようになり、その光景はスクアーロを何度でも喜ばせるのだった。
(う゛お゛ぉい!!しまった!気が引けて受け取れねぇってんならハグの一つでも代わりに頼めば良かったぜぇ…!!)
(07.12.26)(12.11.14 修正)
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