「お前も懲りないな」 「……ほっとけぇ」
頬に大きな湿布を貼ったスクアーロの顔を見てナマエが呆れたように言った。 彼の身に何が起こったかなど考えなくとも容易に想像がつく。
ソファにどっかりと腰を下ろした彼に、彼が気に入っていたコーヒーを淹れてやる。 むくれたようにブスッとしながらもそれを受け取った横顔を隣から見上げ、ナマエは自分でも気がつかないうちに微苦笑を浮かべていた。
「明日からの任務のことか?」 「………」
視界の端でコーヒーを一口飲んだスクアーロが小さく頷く。それを認めてやはりなと内心で納得しながらも、ナマエは忙しく手を動かした。
「良いじゃないか、その代わりにお前に年末年始の任務は入っていないぞ。今のところの話だが」 「……う゛お゛ぉい、慰めてるつもりかぁ?」 「一応な。……ああ、それとも何か?恋人と約束でもしていたか?」
チラリとスクアーロを見ればそこには苦虫を噛み潰したような顔があった。 自分の鼓動が早くなっていることに気付き、name#はすぐにまた手元へ視線を返す。細い木の棒の先端同士がぶつかってコツッと微かな音を立てた。
「……いねぇよ、ンなもん」
彼に気付かれないように小さく息を吐く。表情にこそ出さなかったけれど、ナマエは確かに安堵していた。それに比例するように指の動きが滑らかさを取り戻す。
「なら問題ないだろう。お前をのけ者にしてクリスマスパーティーを開こうというわけでもないしな」 「う゛お゛ぉい!!お前ヴァリアーがンな寒ぃことすると思ってんのか!」 「思ってないさ。だからなぜお前がクリスマスに拘っているのかがわからないんだ」 「う゛、お゛……それ、は」
口篭ったスクアーロはそれを誤魔化すためにまたカップを傾け、横目で隣に座るナマエをそっと盗み見た。 スクアーロよりも随分小柄な彼女が俯いているものだか、ら丸い後頭部と、髪の隙間から白いうなじが覗いている。それは計らずも彼の胸を熱くするとても愛しい光景だったけれど、残念ながら今はその愛しさ以前に、先程から殆ど自分を見ないナマエへの不満がスクアーロの思考の大半を占めていた。 しかもそれは今日だけのことではない。覚えている限りで約一週間前から、ナマエは今彼女の手元にあるものにかかり切りだ。――かと言って、話しかければちゃんとした反応が帰ってくるし、コーヒーや紅茶も出してくれるので、彼女に蔑ろにされているわけでは決してないのだが。 けれどやはり、自分を見てくれていないと寂しいのだ。
(一緒に過ごしたかったとか思ってんのは、やっぱ俺だけかぁ…?)
よくよく考えてみれば策士であるナマエはどんな任務にも少なからず関わっているはず。と言うことは、今回スクアーロに与えられた明日から丁度クリスマスを過ぎた26日までが予定の任務に彼女も同意し、ゴーサインを出してるということ。
(………ひょっとして望みナシかぁ?)
思い切り項垂れてひとしきり落ち込みたい気分である。そんな彼に気付いていないのか、答えを待ちかねたナマエが口を開いた。
「まさかお前、クリスチャンだったりするのか?」 「違ぇ!!」 「……だろうな」
フッと小さく笑ったナマエはしかしやはりスクアーロを見ているわけではない。視線はずっと手元に落ちたきり。今のスクアーロにはその存在さえ憎らしく思えた。 一対の木製の編み棒。そしてそこから伸びている、綺麗に編まれた深い藍色のマフラー。
「――お前それ、誰かにやんのかぁ?」
特に何でもないような口調を意識しながら、しかし内心では精一杯の勇気を振り絞って、スクアーロはずっと気になっていたことを遂に口に出して訊ねてみた。 ナマエが自分で使うにしては長すぎるように思えるのだ。それに何となくだが、男物のような気がする。
「…ん」 「!(否定しねぇ!!)」
一体誰へやるつもりだ!と問いただしたくなるのを必死に堪え、眉間に深い皺を刻みながら頭の中で「冷静になれ」と繰り返し自分へ言い聞かせるスクアーロは、ナマエの身近にいる男を一人ずつ思い浮かべてみた。
(レヴィ、は…ねぇな。確実に) (ベルは…コイツさりげにベル苦手だしなぁ) (サイズ的にマーモンもありえねぇ)
(……と、なると)
残るのはルッスーリアとザンザス。 どちらもありえる気がしてスクアーロの表情が更に苦々しくなる。
ルッスーリアはナマエを娘か妹のように可愛がっているし、ナマエもそれを嫌がってはいない。一緒に出かけることもあるようだし、ティータイムを共に過ごすことも多いらしい。
ザンザスについても、彼はあれでなかなかナマエを気に入っているという確信がスクアーロにはあった。憤怒の炎を宿す紅の瞳が、ナマエを前にすると非常に微かにだが和らぐ瞬間があるのを知っているのだ。 そして部下達の噂によればこちらも稀にだが二人でティータイムを過ごすことがあるらしい。しかもあのザンザスが、自分は食べもしないケーキをわざわざナマエのために用意させているのだと言う。
義理堅いナマエが、日ごろの感謝の気持ちを込めて等と言いながら二人のうちどちらにマフラーを贈ったとしてもおかしくはない。
(……いや、幹部以外、って線もありかぁ?)
本人が気付いているかは別として、ナマエはヴァリアー内での支持率が高い。彼女が策士に就いてから任務がやりやすくなったと言うのもあるだろうし、立場上ナマエは、彼女よりずっと古株であるスクアーロよりも遙かに個々のメンバーを把握している。 すれ違い様に挨拶をされれば、その相手の名前付きで挨拶を返すので、逆上せ上がる隊員も少なくない。 そして何より、厳つい男達が大半以上を占めているこのヴァリアーでは、普段は殆ど無表情とは言え、ナマエのようにまだ少女とさえ言えてしまう程若い女性の存在はこの上ない癒しなのだ。 スクアーロの目の届かないところで身の程知らずが彼女に近づいているということもありえる話。
(――う゛お゛ぉい!!クソミソカスどもがぁ!見つけ次第たたっ斬ってや)
「スクアーロ」 「あ゛ぁ?!」
勝手な想像の末密かな決意に拳を握り締めた時、不意にナマエに名前を呼ばれて彼女へ振り向けば、ふわりと、暖かいものがスクアーロを包む。
「?!…う゛お゛ぉい……?」
深い藍色のマフラー。 いつの間に完成させたのか、既に編み棒から離れているそれをスクアーロへ向かって少し身を乗り出したナマエが、彼の首へ緩く巻きつけた。
「間に合って良かった。長さも丁度良いな」 「お、ま……これ、俺に、?」
信じられない気持ちが大きく、恐る恐る訊ねるスクアーロにナマエははにかんだような表情を作った。彼女の白い頬がほんのりと桜色に染まって、いやが上にも期待してしまう。
「お前の任務先は冷えるらしいからな。防寒はしっかりしておいた方が良い」 「……クリスマスプレゼントだと思って良いのかぁ?」 「………そんなところだ」
たっぷりと間を置いて軽く視線を逸らし気味になりつつも、ナマエが小さく呟くようにして応える。 そんな彼女につられてスクアーロの頬も徐々に熱くなり、咄嗟に言葉が出てこない。彼のその反応をどう取ったのか、またチラリと彼へ視線を戻したナマエが早口に言った。
「気に入らないなら返してくれて良いぞ。私が自分でつか」 「いや!ありがたくもらっとくぞぉ!!」
ナマエの言葉を遮って応えたスクアーロの勢いに一瞬きょとんとしたナマエだが、やがてスクアーロが愛してやまない、やわらかな微笑を覗かせる。見つめるスクアーロからも、つい同じような笑みが零れた。
「――ありがとうなぁ、ナマエ。使わせてもらうぜぇ」 「そうしてもらえるとありがたい」
抱きしめてしまいたい衝動を抑え、代わりにポンポンとナマエの頭を撫でてやる。くすぐったそうに目を瞑るナマエの顔を目を細めて見つめながら、その時スクアーロは心の中で誓いを立てた。
予定はあくまで予定なのだ。超特急で任務を済ませ、何が何でも予定より早く帰ってこよう、と。
(クリスマスはやっぱり、コイツの傍にいてぇからなぁ)
「――それにしてもお前、ほんと器用だよなぁ……(こないだまで裁縫も出来なかった癖に)」 「ああ、実はそれは二つ目なんだ。練習も兼ねた一つ目はルッスーリアが貰ってくれると言ったから」 「う゛お゛ぉい!!(そんなオチかぁ!)」
(07.12.19)(12.11.14 修正)
|