このバカみたいに広い屋敷が暗殺部隊のアジトであるにも拘らず、空は穏やかに青く、差し込む日差しは柔らかい。 カーテンの隙間から吹く風が部屋に飾っていたオレンジのガーベラを優しく撫でたそんな時、珍しい客が部屋を訪れて『ああ、今日は良い日だな』と、そう思った。
「珍しいな、お前がこの時間帯に来るなんて」 「……迷惑だったかぁ?」 「いや、歓迎しているよ」
入れたての紅茶をティーカップに注いで、目の前に座っているスクアーロの前に置いた。確か苦手ではなかったはずだ。好んでいるわけでもないだろうが。
砂糖もミルクにも手をつけずスクアーロはそのままストレートで一口。まぁそれならケーキの甘さも気にならないだろうと、私用に砂糖を多めに使ったケーキを切り分けてやる。
「昨晩の任務はどうだった?ちゃんと成功したのか?」 「ハッ!ったり前だろぉが。俺を誰だと思ってんだぁ?」 「(喧嘩っ早い鮫……と言ったら怒るだろうな)」
まぁ無駄に整っているその顔に真新しい傷がないところを見ると、任務は無事成功してボスのお怒りを買うようなこともなかったのだろう。 けれどそんな風に夜の任務(要するに暗殺なのだが)が多いスクアーロは普段昼夜逆転の生活をしているので、この時間に起きているのは珍しい。
スクアーロは頻繁に私の部屋を訪れるのだが、それは大体夜のこと(私が寝ようとしているところを狙っているかのように、だ) こうして部屋でティータイムをすること自体もよくあることなのだが、大抵客はマーモンやルッスーリア(偶にボスも来るな)で、スクアーロと二人で、というのは初めてだ。
それが何だかとても新鮮で――嬉しい。
スクアーロと一緒だと、紅茶もいつもより美味しく感じるのだと気がついた(新発見だ)
「……甘い」
私が出したケーキを一口食べたスクアーロが小さく呟く
「苦手か?」 「いや、別に…普通に美味いぞぉ」 「……なんだ、お前甘党だったのか?それは私が自分用に作ったケーキだからな、少し甘めにしてあるんだ」
そう言うとスクアーロはヒョイヒョイとケーキを口に運んでいた手を休め、驚いたように私の顔とケーキを交互に見つめた。コイツは私の甘党ぶりを知っているから衝撃だったのかもしれない。
「まぁ、紅茶もあるからな。甘さも気にならなかったんだろう」 「……そっちに驚いたわけじゃねぇけどなぁ」 「ん。何か言ったか?」
スクアーロの声が珍しく小さかったので紅茶を飲んでいた私は上手く聞き取れなかったのだが、スクアーロは何でもないと首を振ってまた一口、ケーキを口に運ぶ。 深くは追求しないで、そうか、とだけ言い。スクアーロと同じく甘いケーキを頬張った(うん、美味いな)
口の中で融ける生クリームと、目の前のスクアーロの姿に自然と頬が緩んでしまう。それに気がついたのか、長い髪と同色の銀の瞳が私を不思議そうに見つめていた。
「ナマエ、何か嬉しいことでもあったかぁ?」 「どうして?」 「……なんか、いつもより笑ってる…気がする」 「うん?そうか?…そうだ、な。そうなのかもしれない」
絶対にお前には教えてやらないが。
そう続けてカップの淵からチラリとスクアーロを盗み見れば、その顔は拗ねたように少し不機嫌そうで。今度こそ声を上げて笑ってしまう。
なぁ スクアーロ。 こうしてお前と二人で過ごす今この瞬間が、嬉しくないわけがないだろう。
私はお前に命を救われ、生きる理由をもらった。 そして今の私は、お前のために生きていると言っても過言ではない。
お前は私の “生きる意味” 同然なのだから。
「スクアーロ、お前も嬉しいことがあったんじゃないのか?」 「あぁ?何でだぁ?」 「今日はえらく機嫌が良いみたいじゃないか」
だって、ほら。 ついさっきまで拗ねていたくせにもう微笑っているだろう? お前こそ、いつもよりも笑ってる。
「――まぁ、な。絶対にテメェには教えてやらねぇがなぁ」
私の言葉尻を取って、スクアーロはしてやったりと笑った。 ああ、そう来るのかと、私も苦笑せずにはいられない。
不意に吹いた風が、オレンジのガーベラをまた揺らす。こんな穏やかな日が――スクアーロと過ごす幸せな時間が、できるならいつまでも続いて欲しいと、思った。
「…スクアーロ」 「何だぁ?」 「今度はお前の好きなコーヒーを用意しとくから、お前さえ良ければまた――」 「……お前の作ったケーキも、セットなら」 「!」
「――ああ、覚えておこう」
緩む頬を抑えきれたかどうかはわからない。 けれどスクアーロも顔が赤かったから、まぁ……そういうことなのだろう。
(07.03.18)(12.11.14 修正)
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