「ナマエー、遅ぇぞぉ」 「……(身勝手な)」
もう日付も変わるだろうと言う時刻。ナマエのベッドの上で狭いだの何だのと文句を言いながらだらだらと寝転がって偶にナマエの手元を覗き込むスクアーロに、ナマエはこみ上げてくる眠気と若干の腹立たしさを抑えて針を進めた。
「ボタン一個にいつまで掛かってんだぁ?早くしねぇと寝ちまうだろぉが」 「…既に就寝中だった私を起こしておい結構な言い草だな」 「……(ぅお゛、怒らせた、か?)」
普段より幾分か低い声で返されてスクアーロは密かに冷や汗をかいた。 ナマエはスクアーロに背を向けてベッドに腰かけているためその表情は見えないが、機嫌を損ねたことは確かだった(寝ているところを起こされた時点で既に機嫌は悪かったのだが)
「大体だな、私は策士としてココに居るんだ。家政婦としてじゃない」 「わ、解ってるぞぉ……?」 「…なら私にこんな仕事を押し付けるな、しかも夜中に」 「………」
未成年の少女に凄まれて小さくなる大の男(しかも生業は暗殺) 一見ものすごく不自然な光景なのだが、それがどこか滑稽でもあり、見るものが見れば微笑ましい。
スクアーロはなるべくナマエの癇に障らないようにとゆっくりベッドに身を沈め、柔らかな布団からほのかに香る彼女と同じ香りにゆるゆると目を閉じた。 スクアーロにこのベッドは狭いが、居心地は良い。ナマエの匂いは柔らかくてほんのり甘いし、すぐそこには本人もいる(しかも自分の隊服のボタンを文句を言いつつも縫い付けてくれている)
そっと目を開ければ、ぎこちなく、されど慎重に針を進めるナマエの後姿。普段は大抵のことをそつなくこなしてしまうこの少女を知るスクアーロにとってはそれが珍しくもあり、また同時に愛おしくも感じられた。
「裁縫、苦手かぁ?」 「別に、苦手なわけじゃないさ……慣れてないだけだ」 「……(言い訳、珍しいな)」 「……なんだ。何か言いたいのか?」
出来るだけ堪えて小さく笑ったつもりだったがナマエには聴こえてしまったらしい。ムッと眉を顰め、少しだけ頬を染めてスクアーロを振り向く。 「何も」と首を横に振って答え、スクアーロはごろりと身を転がし、仰向けになった。
「明日の朝までには頼むぜぇ」 「っ、もう少しだから黙って待っていろ」
言って再び真剣にボタンと向かい合うナマエの背後で、ククッと短いスクアーロの忍び笑い。 ナマエはまたムッと顔を顰めたがそれも一瞬のことで、彼女の唇は知らずの内に微笑みの形を描いていた。
* * *
「…ん。出来たぞスクアー…ロ」
それから約10分後。漸くボタンを縫い付け終わって(苦労した甲斐があって完成度は高い)振り向いてみれば、スクアーロはその身に合わないサイズのベッドの上で少し窮屈そうに身を丸め、スースーと穏やかな寝息を立てていた。
「(……ボタン一つの為に私を起こしておいて良いご身分じゃないか)」
スクアーロが自分にしたようにナマエもまたスクアーロを叩き起こしてやろうかと思った、が、
「………」
あまりにも彼の寝顔が穏やかで、普段とのギャップに毒気が抜かれてしまう。
「……………………はぁ」
暫くスクアーロの寝顔をじぃっと眺め、肩を落とした彼女からこぼれたのは諦めたようなため息。
「この礼はケーキ10個だからな」
寝息ばかりのスクアーロの鼻先に人差し指を突きつけ念を押すと、スクアーロの隊服をハンガーに掛け、ライトを消してから自分もまたベッドの上に上がる。彼の隣にコロンと横になって布団を被ると(もちろんスクアーロにも掛けてやった)すぐ隣に感じるスクアーロの体温が言いようのない安心感を生んで、穏やかな眠気に抗うことなく、ナマエは静かに目を伏せた。
そして翌朝。
「う゛お゛ぉい!な、んでお前…と、隣で……っ!!」 「…煩い、スクアーロ……まだ寝かせてくれ」 「ぅ゛、お゛ぅ(俺まだ手ぇ出してねぇよなぁ?!大丈夫だよなぁ?!)」
盛大に混乱するスクアーロの隣で、昨夜の仕返しとばかりにナマエがスヤスヤと眠っていた。
(07.03.12)(12.11.14 修正)
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