復活 | ナノ



「パーティーだぁ?」
「ああ」

ザンザスから渡された資料を見てスクアーロは思い切り嫌な顔をした。

ボンゴレ関係者のある男に、薬と人身売買に関わっているという疑いが掛かっている。
3日後にその男が開くパーティーに紛れ込んで噂の真偽を確かめ、それが真実であったなら即時処分しろ、ということらしい。

この手の任務は初めてではないがスクアーロにとっては少々つまらないものだった。潜入調査はあまり得意とは言えないし、真偽を確かめるまでのプロセスも面倒くさい。おまけにそれでシロだった時などはとんだ骨折り損だ。

「3日後だ。正装して行けよ」
「……わかった(めんどくせぇなぁ)」

ふん、と鼻を鳴らしたザンザスの口元が微かに釣りあがっている。
それに目敏く気がついてスクアーロは珍しいこともあるものだと片眉を下げるが、しかし同時に何かしらザンザスのからかいの様なものも感じ取り顔を顰めた。

「なんだぁ?何か企んでやがるな?」
「はっ、別に何も企んじゃいねぇさ」

そう答えるもののやはりザンザスはどこかニヤニヤしている。
それが妙に引っかかって追求しようと口を開くのだが、片手を振り、「下がれ」と短く言われてしまえばスクアーロは従う他にない。
結局彼はザンザスの執務室を出て扉を閉めたところで腹の読めない上司に小さくため息をつき、手にした書類を再度眺めながら首を傾げることしかできなかった。



* * *



「スクアーロ、お待ちなさい!」
「あ゛あ?」

何度着たって堅苦しくて馴染めない正装に身を包みエントランスへ向かっていたスクアーロは、不意に背後から聞きなれた甲高い声に呼び止められてそちらへ振り向いた――が、その声の持ち主であるルッスーリアの隣に佇む女を視界に入れると眉を寄せた。

「う゛お゛ぉい!誰だソイツは。ココはんな格好したヤツが来る場所じゃ、……あ゛?」

華美過ぎるわけではないがヒラヒラ揺れる繊細なレースのあしらわれたドレスを着たその女と視線が交わると、不意に訪れた違和感にスクアーロの言葉は尻切れに終わる。
瞳の色は、違う。
なのにその眼差しだけはスクアーロの良く知る少女のものだったから。

「そいつ、……は?」
「あらぁ?もしかして貴方わからないの?」

スクアーロが呟くように言った問いかけにルッスーリアはニコニコと笑いながら傍らの女の肩を引き寄せ、彼の前に押し出すようにその華奢な背中をポンと押した。
カツカツッとヒールの高い音を響かせ、一瞬バランスを崩しかけた女がスクアーロを見上げる。
近くで見るとその顔立ちもどことなく見慣れた少女に近く、思い切り混乱した顔で自分を凝視するスクアーロに向かって彼女はふぅと微かなため息をついた。

「ボスから聞いていなかったのか?今回は私も同行だ」
「ッ!な、おま――ナマエ?!」

きつ過ぎず、かと言って甘すぎもしない口紅が引かれた唇から零れたその声は間違いなく少女――ナマエのもので、スクアーロは今度こそ驚愕に目を見開き、食い入るようにその姿を見つめる。
彼女の背後ではルッスーリアが得意げに「うふふ」と笑ってスクアーロの動揺を楽しんでいるようだった。

「綺麗になったでしょお?結構時間かけたのよ」
「う゛、お゛…ぉい、髪も目も違うじゃねぇか」
「髪はウィッグ、目はカラーコンタクトを入れてある」

ナマエは何でもないように言うが実際はそれだけではなく、幼さを残した顔立ちは化粧によっていつもよりもグッと大人らしくなっているし、付け黒子まである入念ぶりだ。おまけに高いヒールを履いているので視線の高さもいつもと違い、彼女はナマエだとわかってもなお信じられない気持ちが大きい。
女性は化けると言うが、これ程まで違うのかとスクアーロは妙に感心してしまった。

「肌が白いからドレスはピンク系にしましょうって言ったんだけどねぇ」

スクアーロからナマエに視線を移したルッスーリアが人差し指で自らの顎に触れながら心底残念そうに呟く。
言われて思わずピンクのドレスを着たナマエを想像し、スクアーロもそちらの方が似合うのではないかと思ったが、
当のナマエは今纏っている黒に近い深い青のドレスの端を摘んで軽く肩をすくめる。

「私はむしろ黒にしたかったんだが――」
「黒はナマエにはまだ早いわよぉ」
「……と言うことらしい」

お互いに妥協して今のドレスに決まったのだろう。そう言えばナマエの私服はいつも黒かその系統ばかりだったと思い出して、何か拘る理由があるのかと訊ねようと思ったのだが、それよりも早くナマエがスクアーロを追い越してエントランスへ向かう。
香水もつけているらしい。通り過ぎ様に花を思わせる甘い香りがスクアーロの鼻腔をくすぐった。

「ルッスーリア、手伝ってもらって悪かった」
「いいのよぉ、私も楽しませてもらったし。気をつけて行ってらっしゃいね」
「ありがとう。行こう、スクアーロ。そろそろ出ないと間に合わない」
「ん゛?…あぁ」

いつもと違うナマエに調子が狂う。
けれどそれをなるべく表に出さないようにと意識して先を行く彼女の背中を追いかけると、背後で「しっかりエスコートしなさいよー」というルッスーリアののん気な声が聞えた。



* * *



部下の一人が運転する車の後部座席にスクアーロとナマエは並んで座り、ナマエは書類片手にその部下と車を待たせておく場所の確認を取っている。
スクアーロはというと薄暗い窓の外の景色に視線をやるふりをしつつチラチラとナマエを窺って、どうも自分が落ち着かないことを自覚し、自然と不機嫌な顔つきを作っていた。

「――スクアーロ、どうかしたか?」
「!な、何でもねぇ、ぞぉ!!(こっち見るな!)」

不意にナマエの視線が自分に向かってスクアーロの肩が微かに跳ねる。思い切り不審なその反応にナマエは少し眉を寄せてため息をついた。

「そんなに似合わないか?この格好」
「い、や!似合ってる、けど」
「けど?」
「………スカート、短すぎじゃねぇかぁ?(う゛お゛ぉぉい!!何言ってんだ俺は!)」

普段のナマエは露出のある服を着ないので、日に焼けていない肌にどうしても目が行ってしまう。
こうして座っている今もいつもは見えない白い膝がドレスの裾から覗いていて、スクアーロは思わず考えていたことをそのまま口にしてしまい後悔した。

「…そうか?これでもミディアムなんだが。それにこれくらいの丈じゃないと銃を取り出しにくいんだ」

言いながらナマエが「ほら」とスカートの端をつまんで捲り、太腿に装着されたレッグホルスターが露になる。当然それに伴って、触れれば気持ち良さそうなすべらかな太腿もかなり際どいところまで曝され、思わず目を見開いたスクアーロは息を呑んだ。

「――バッ…!見せんなぁ!!(見え、る!)」
「?何を赤くなって」
「良いから早くしまえ阿呆!(なんでコイツ変なとこで鈍感なんだよ!)」

まるでわかっていないナマエがまだ首を傾げるのでスクアーロはスカートを持つナマエの手を強引に掴み、やっとのことで目に毒な光景から逃れる。
相手がスクアーロだったから良かったようなものの、これがザンザスかベルだったなら大変なことになっていたかもしれないと、スクアーロは大きくため息をついて頭を抱えたい気分になった。
帰ったらルッスーリアにでも頼んでナマエにその辺りのことを教えてやってもらおうか。

「スクアーロ、話は変わるんだが」
「(なんかもう既に疲れたぜぇ)…何だぁ?」
「今回の標的、おそらくクロだ」

切り替えが早いのかナマエはもう仕事用の顔で書類の写真を見つめている。
もう何度も確認した顔だが、スクアーロもそれを覗き込んでもう一度確認すると、写真の中では金髪の中年男性が品良く笑みを浮かべてこちらを見つめていた。

「根拠は?」
「この顔には覚えがあるんだ、以前闇オークションに潜り込んだ時に何度か会っている」
「……(そんなトコまで潜り込んでんのか)」
「ん?あぁ、大丈夫だ。毎回変装を変えているからな、面は割れていないさ。必要なら男装する時もあるんだぞ?」

スクアーロの無言を少し勘違いして捕らえて答えたナマエに、ああ、だからこんなに手の込んだ変装をしているのかとスクアーロは漸く納得した。
策士のナマエは情報収集のためこの手の仕事が多かったのだろう。彼女の年齢と育ちの割にはドレスを上手く着こなしている。

「今日の催しも表向きは社交パーティーだが、プラチナチケットを持った客の間では別室でオークションが開かれるらしい。あの男のことだ、それが薬や人身売買に関わっている可能性はかなり高いぞ」

なるほど、と一つ頷いたスクアーロを確認してナマエが更に続ける。

「会場に入ったら主に私が動くからお前は待機していてくれ。手がかりを掴んだら通信機で連絡する。それで良いか?」
「……一人で大丈夫なのかぁ?」
「一人の方が動きやすいんだ。それに私はこういうのには慣れているからな」

ナマエが言い終わるとほぼ同時に車が止まった。「着きました」と告げる部下に短く答えて、先に車を降りたスクアーロが紳士めいた仕草でナマエへ手を差し出す。

「――お手をどうぞ?」

口元にからかう様な笑みを浮かべて言うスクアーロに一瞬きょとんとしたナマエだったが、すぐに彼に合わせて淑女らしく綺麗に微笑み、そっと掌を重ねる。思っていたよりもずっと小さくて華奢な掌に、スクアーロの心臓が一つ跳ねた。

「ありがとう――では、行きましょうか」

どうやらキャラも口調も変えるらしい。
口元に上品な笑みを湛えたまま歩き出すナマエにスクアーロはまた調子が狂うのを感じつつも、気を取り直して彼女の隣に並び、煌びやかな光と音楽の溢れる豪華な屋敷の門をくぐった。




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(07.06.30)(12.11.14 修正)