パリン、
屋敷にガラスが割れる音が響く。
『あちゃー、割っちゃったよ』
床に砕け散った、元は綺麗な色をしていた花瓶の破片を拾う。
名前は時計を見る。
午後三時十分前。
そろそろだ。
そろそろシエルが帰ってくる…。
『え!?これから出かけんの?』
「あぁ…陛下からの命令だからな」
せっかくぽかぽかとしたいい天気だったので、シエルを誘って外にでも行こうと思った俺。
けどシエルにはどうしても外せない用事があるらしく、セバスチャンと二人で出かけるということだった。
『何時くらいに帰る?』
「…三時には帰る。」
三時。
今は午前十時だから、あと五時間か…
『じゃあ帰ってきてから出かけようぜ!』
無理やりシエルに約束を取り付けると、名前は満足そうに笑った。
「行くぞ。セバスチャン」
そして、セバスチャンとシエルは屋敷から出て行った。
「……」
『どう思うよ、執事の名前』
「……お嬢様」
『でさ、そいつがさぁ…』
「……」
『――執事の名前、お前。
そんな目で俺を見ないでくれ』
俺はシエルが帰ってくるまで暇だったから執事の名前の部屋でくつろぐことにした。
アイツは部屋にいて、本を読んでいた。
悪魔にとって本は娯楽なのか?と聞くと、たまには読みますよ。どこかのお嬢様の世話が大変ですからと皮肉たっぷりに言われた。
少しイラついたが、勝てないことを知っているから邪魔にならないように俺も本を読むことにした。
タイトルは「メアリーと愛の悲劇」
そんな本が執事の名前の部屋から出てきて、こいつこんな本読んでいるのかと最初は馬鹿にしていたが、読んでいくうちにどんどんはまっていった。
そして時々、執事の名前に感想を言ったり、問いかけていると最初はしゃべっていた執事の名前もあまりに話しかけるのでうざくなったのか、答えてくれなくなった。
それにも気付かなかった俺は、話しかけ続け終いには恐ろしい目で見つめられた。
『あー、俺…部屋に戻るから』
これ以上、ここにいたら痛い目にあうことを長年の経験上知っているので早急に部屋からでることにした。
***
部屋に戻ると、ベッドに思いっきりダイブして顔を埋める。
そして軽いため息を吐くと、天井を見上げる。
『俺ってそうとう暇人だよなー』
ぽつりと呟くと余計に悲しさが倍増してしまった。失敗。
足をばたつかせ、手を伸ばすと何かが触れる。
それと同時に、ガラスの音がした。
『あちゃー、割っちゃった』
破片を拾っていると誰かが玄関をたたく音がした。
部屋を出るとちょうどメイリンが客を迎えようとしていたので俺が代わりに出るから、仕事がんばって。と言い、客人を迎えた。
「やァ、コンニチハ」
「……」
二人組だった。
どっちとも見かけない顔だった。
一人はワインレッドの瞳。
もう一人はオッドアイで黒い縁の大きい眼鏡をかけている。
「キミが名前、かなァ?」
ワインレッドのほうがそう俺に聞いてきて、どもりながらもそうだ、と答えた。
そしたら男は笑った。
『!…え、ちょ!!』
眼鏡の男が俺の体を動けないように押さえつける。
もうひとりが、近づいてくる。
手に何かの布をもって、俺に口に押し当てた。
なんて、手際のいことだ。
薄れていく頭の中でそんなことを思った。そして視界の端でアイツの顔を見る。
「お嬢様!」
そして、俺は気を失った。