6
だだっ広いキャンパスで専攻の違う知り合いと偶然会うなんてほとんどない。
だから多分財前が私の専攻する講義のある講堂の外に佇んでいたのは偶然ではなかった。

「元気か」
素っ気なく訊ねられて私は頷く。
あの日から一週間が過ぎていた。
「なんや大人しいやん」
また頷く。
ずっともやもやしたままの気持ちが渦を巻いて喉の奥が焼けるように熱くなった。
吐き出すように私は言った。
「言えなかった」
「何を?」
「好きだって。言いたかったのに」
込み上げてくるこの感情を押さえたら苦しくて仕方なかった。
でも言えない。
言ったら終わってしまう気がした。
あの時間も、あの関係も、この恋も。
「彼女と別れて私を好きになってって、言えば良かったのに言えなかった。優しくしてくれるのは少しでも私に気があるからなのって聞けば良かった。そんな人じゃないって分かってるのに、お前は遊びだって言われるのが怖くて、彼女が本命だからそれが嫌ならこの関係は終わりだって言われるのが怖くて、何も、何も言えなかった…」
遊びでも良かった、本当は。
離れていかなければ、そばにいさせてくれたら。
連絡は来ない。
後悔しているのかもしれないと思ったら、怖くてメールのひとつも打てなかった。
「……こんなとこで泣くのは堪忍してや」
「やめてよ泣いてないから」
心底面倒そうに言われてちょっとだけカチンときた。
泣いてなんかないし、たぶん泣けない。
恋くらいで泣いてたらこれから先きっともっと痛いこと耐えられない。
「場所、変えよか」
「ごめん、これからバイト」
「はぁ?休めや」
身勝手過ぎる。
「カテキョだもん、無理だよ。終わったら連絡するからその辺で待っててよ」
「アンタほんま部長が絡まんと可愛ないな」
その通りだと思います。
それでもちゃんと待っててくれるらしい財前は優しい。
バイト終わりに落ち合うと、やっぱり私はカクテルをちびちび飲みながらいろんな話を聞いてもらった。
白石さんのことは、もうあの台詞でほとんどの気持ちを吐き出した気になってあまり言わなかった。
財前も気を遣ってかあまり聞かなかった。
別れ際、ひとつだけ私は財前に質問をした。
「嫌われてたら、あんなに優しくしてくれないよね…?」
「さあ。部長は甘いからな。けど、アンタは嫌われてへんよ、少なくとも」
下手な慰めだったけれど、十分だった。


私は大学を卒業した。
就職先は東京から新幹線の距離の場所だった。
ずっと憧れていた場所だったから、満足だった。
白石さんは薬学部でまだ大学生。
そもそも、あれ以来ほとんど会っていない。
終わった恋だった。
あの夜も今ではいい思い出。
次の恋はできていない。
あんな風に一瞬で恋に落ちて何も知らないのに何もかもを好きになることなどもう二度とないだろう。
そんなに好きならどうして自分から連絡したり繋がろうと努力しなかったのか、今でも不思議に思う。
あの人はとても素敵で、私なんかが釣り合う相手じゃなかった。
変なプライドもあった。
私のことが大切なら大切だと分かりやすく示して欲しかったのだ。
弱くて彼の何もかもを知ろうとしなかった自分を棚に上げて、彼に求めていた。
私を見て、と。
私は彼の何も見ていなかったのに。

忙しく日々を過ごし、ちょっとした楽しみとちっとも訪れないトキメキを待ち望んで。
気付けば二年が経っていた。
調子の悪い携帯をそろそろ替えようかと思い立ってアドレス帳を整理していると、彼の名前が目についた。
憶えのない名前や番号が山と連なっている中、その名前だけはどうしても忘れられない。

どうしているだろうか。
元気だろうか。
大学は卒業したはずだけれど。
今も相変わらずあの夜のことを思い出しては時折とても切なくなって泣きたくなる。
意地を張らずに好きだと伝えていたなら何か変わっていただろうか。
今も。
彼が変わっていないのなら、私はたぶんまだ、彼をとても好きだ。
もう一度会えたらまたきっと言葉が何も出てこなくなるくらいには。

「…好きです」

震える指で通話ボタンを押した。
例えば彼が、もう結婚していたり他に好きな人がいたり、都合よく私のことを忘れていなかったり、どんな風にしていたとしても。
もうどうにもならないことは分かっていて、だからきっと後悔したとしても。
それでも今も私は変わらず、彼のことをあの時の感情のままに好きでいるのだと、そう思った。
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