心臓が止まる思いだ。
仰向けに転がされて白石さんを仰ぎ見る。
ランニングを着たその喉元に釘付けになった。
暗がりで顔がよく見えない。
今白石さんが何を考えているのか。
もしかして、財前が私に触ってたの、妬いてくれてたら嬉しいのに。
そんなのは私の勝手な妄想だ。
顔にかかった髪を白石さんの手がすいていく。
頬を撫でられて、ああ、気に入ったんだなと思った。
白石さんは何も言わない。
だから私も何も言わない。
ウエストからその手が素肌を求めて服を捲り上げる。
細身のブラウスはなかなか白石さんの言うことを聞かない。
「……脱ぐ？」
そんなふうに聞くのはズルい。
まるで私も共犯だと確かめるようで。
「…脱がせて」
腕を引かれて起き上がると、白石さんがゆっくりと私の胸元のボタンを外す。
キャミソールまで脱がせると押し倒されてスカートを引き摺り下ろされた。
パサリ、と床に落ちる音。
ブラの隙間に指を挟んで上にずらされ、下からやわやわと胸を揉まれる。
浮かした背中で静かにホックが外され、腕から肩紐が抜けた。
ショーツ一枚というあられもない姿にされた私はもうどこを見ればいいのかも分からず顔を背けるしかなかった。
「自分、胸おっきいな」
右側ばかり触られて、パニック状態がほとんどを占める脳内で唯一冷静な一部分が白石さんの言葉を受け止める。
「こ、コンプレックス、なの」
「なんで？」
「邪魔だし、服も、着られないのとかあるし」
触っていない方の胸に白石さんがちゅ、とわざと音を立てて吸い付いた。
思わず息を飲む。
「オレはええと思うけどな」
そりゃあそうかもしれないけど。
食べるみたいに歯を立てられ甘噛みしたり転がされたり、その度にそこから濡れた音が聞こえている。
私は口に手の甲を当てて荒くなる息をやり過ごした。
甘く鳴くなんてできない。
可愛くない。
そんな風に考えられるくらいにはこの状態を客観的に見ていた。
こんな理性なんて全部吹っ飛ぶくらい、溺れられたらいいのに。
白石さんの頭を抱き締める。
唾液でベタベタになったのと反対の方にも吸い付かれてビクリと腰が揺れた。
白石さんの手はアンダーバストを通って括れ、お腹を撫でていく。
何度も乳首にキスをして丁寧に舌で舐め上げる白石さんに私は少し充足感を抱いて、そしてほんの少し後悔する。
こんなふうに優しい愛撫をするのは、私相手にだけではないのだと、実感するから。
「く、蔵ノ介、くんっ…」
「ん…？」
「も、そこはいいからぁ…っ」
取れてしまいそうなまでに弄られてとうとうギブアップを伝える。
名残惜しそうに再度そこにキスをしてから白石さんは顔を上げた。
腰や太腿を往復していた白石さんの左手が首や鎖骨に触れた。
「……可愛ぇな」
暗くて顔が見えない。
見られるのは嫌だけど、とても、白石さんが見たかった。
鎖骨に寄る谷間で遊ばせていた指を私の唇に当てて白石さんは言う。
「舐め。これが今から自分の中入るんやで。痛くないようにいっぱい唾付けてな」
私は頷いて白石さんの左腕を抱き締めた。
チロチロと人差し指を舐める。
誰かの指を舐めるなんて初めてだった。
でもきっと白石さんに言われたら私は文字通り何でもしてしまうのだろうなとふと思う。
もうええよ、と言われるまで無我夢中に指を舐め続け、そしてその指が秘部に埋められた。
「きっついなぁ…痛ない？」
フルフルと首を横に振る。
感触はほとんどなかった。
中指も一緒に入れられ、広げるように壁を擦られてお腹の中心がびくりと強張る。
「聞こえるか？」
耳元で白石さんが囁いた。
「この音、自分の中からしとるんやで。エロい音」
「やっ、言わないで…」
白石さんが手を動かす度卑猥な音が耳を汚す。
「感じとるってことやな」
意地悪な声でそう言って、白石さんは指を引き抜いた。
押し殺した声が端から零れ落ちた。
「…怖ないん？」
不意に白石さんがそう聞いた。
「怖く、ないよ…？」
「なんで…？」
そんなの決まってるのに。
「蔵ノ介くんだから…」
ふっと白石さんが笑った気配がした。
柔らかい唇が落ちてきて、ここにきて初めてキスをした。
キスをしているときが一番白石さんを感じた。
目の前に好きで好きで仕方ない人がいて、混ざってしまいそうに気持ちいい熱と感触があれば、もう永遠にキスしていたいとさえ思う。
ああ、溶かしてほしい。
ぼぅっとしているうちに離れていった体温は指で弄っていた場所に触れた。
ジュッ、と吸われて私は反射的に体を起こした。
「あ、蔵ノ介くんっ…！！」
腿の間で揺れる髪を掴むけれど、それでも痛くないように気を遣う余裕は残していた。
腰がひくりと後退して、爪先が持ち上がる。
「ここ、ええやろ」
同時に白石さんが言う“ここ”を摘ままれた。
じわりとした快感が下半身に広がる。
くすぐったいのか痛いのか、言葉にできないけれど我慢できない感覚。
苦しくて首を振る。
「…気持ちい？」
「わ、分かんないっ…！」
薄ぼんやりとしか見えないけれど酷い光景だ。
恥ずかし過ぎて消えてしまいたいのに、白石さんにならずっとずっと触れられていたい。
我慢できない。
でももっともっと酷いことをしてほしい。
これが現実なのか都合のいい夢なのかもすらふわふわとした頭では理解し難い。
それでも冷静にこの事態を見ている自分もいる。
上体を起こした白石さんがスウェットを足から引き抜く。
違和感のある景色だ。
もちろん白石さんが男性なのは初めから分かっていたけれど、どういうわけかそういうふうに意識をしたことはなかったのかもしれない。
男の人に抱く嫌悪感みたいなものが一切なくて、だからその直接的なものを見てもどこか馴染まなかった。
白石さんはなんていうか、綺麗な気がしていた。
「挿れるで」
私は頷く。
倒れた状態で足を開くだなんてとてもはしたないことだと思った。
そんな私をどうして白石さんは受け入れてくれているんだろう。
そうさせているのは他ならぬ白石さん本人だけど。
私じゃない女の子にしてみれば普通のことだったとしても私のこういう場面はとても醜いのではないかと、白石さんはそんな風に思っていないと分かっていても自信がなかった。
「……っは、はぁ…痛いやろ、ここ絶対痛いわ」
「んっ、んん…！」
白石さんが口を塞ぐ私の手にキスをしてから握った。
痛かった。
でも涙は出なかった。
痛いことよりもっと別のことで頭がいっぱいだった。
「…今日は、やめよか…？」
私は首を横に振る。
“今日は”？
次があるの？
だとしたらいつ？
そんな保障どこにもない。
「平気っ…やめないで…」
やめないで。
懇願するように白石さんの首に腕を回す。
「無理、せんといてな」
ゆっくり熱が押し入ってきて圧迫感で息が詰まる。
浅い呼吸の間に少しだけ甘ったるい声。
痛い、あったかい、苦しい。
私の負担が少ないように時間をかけて、やっと最後まで繋がった時にキスが降ってきた。
「全部入った」
よく分からなかった。
繋がっている感覚も気持ち良いとか痛いとかもあまり感じなくて、ただただ、白石さんに抱かれているというこの事実だけが私を満たしていた。
これまで生きてきて、最も満たされていた。
好きで好きで、口を開けばそれしか出ないと思った。
だから、私は何も言えなかった。
好きです、蔵ノ介くん。
好きです。
好き、もっともっと、触って。
言ってしまえば現実に引き戻されてしまうと思った。
紛れもなくこれは現実なのに、どうしても信じられなかった。
私はこんなに弱虫だったろうか。


7時30分に起こしてと言い残して白石さんは眠った。
案外神経質な私は人の気配があるとどうしてもきちんと眠れないらしく、しかもあんなことの後でどうやって寝ろと言うのか、時間になるまでひたすら白石さんの寝顔を見ていた。
白石さんは律儀に一晩中私を抱き締めていてくれた。
どこまで惚れさせたら気が済むんだろう、この人。
携帯のアラームが鳴る前にセットを解く。
こっそり腕から抜けて鏡で顔と髪を軽く直し、ドキドキしながら白石さんを起こした。
「おはよう、ございまーす…」
白石さんは少しだけ嫌がる素ぶりを見せながらもゆっくり起き上がった。
「…ん、はよ」
目を覚ますためにかなんなのか、隣に座る私に寄り掛かりながら唇を啄ばむ。
昨夜の雰囲気からすっかり抜け切った私は内心アタフタしながらも受け止める。
舌の触れ合わない、けれど食むようなキスを三回ほど交わして離れる。
こんなに甘い雰囲気の人だったのか。
そう思うと胸がギュンとした。
キュンなんて可愛いものでなく。
明るくなった部屋の中、床に散らばった服を集めているとじっと白石さんの視線を感じた。
散々触られておきながらやっぱり明るいと恥ずかしさは増すわけで、しかもあんなあられもない姿を見られている別の恥ずかしさもあった。
私は白石さんの前で普段のようにブラを留めることに抵抗を感じた。
白石さんを振り向く。
「…あの、ホック、留めて」
「いやや」
結構な勇気を出して言ったのにまさか断られるとは思わなかったからすごく驚いた。
こんなに意地悪言う人だった？
白石さんの手が後ろから胸に回る。
「だって、触りたいやん」
幸せだった。
コンプレックスも白石さんに喜ばれるなら本望だ。
優しいだけじゃなく爽やかなだけじゃない白石さんを知って、もっと白石さんを知りたくなった。

でも、一番肝心なことは何も分からないまま。