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宴会も随分盛り上がっている。
私は近くに座る子たちと会話をしながら時折ちらりと彼を見た。
いや、見ようとしなくても離れてはいるが対角線上に座っている彼は目に入ってしまう。
この時点ではただのミーハーで、恋と呼ぶにはあまりに脆弱な感情だった。

「随分おとなしいんやな」

二次会のカラオケに向かう途中、ふと彼と目が合った。
彼の隣にいたはずの財前はいつの間にか消えている。
「盛り上げ役なタイプかと思っとった」
初対面で『お兄さんかっこいいですね!』とか言うような女の子はそらそう思われますよね。
私は何と答えていいのか分からず曖昧に首を傾げた。
言葉が出てこなかった。
「えっと…白石さん。今日は本当にありがとうございました。助かりました」
「どういたしまして」
やっと搾り出したのがなんとも陳腐で会話の広がらない謝辞。
あれ?
世間話は得意な方なのに。
誰とでも打ち解けられるタイプなのに。
白石さんがかっこいいから緊張してるんです。
なんてイベントのときだったらサラリと言えたはずの言葉が言えない。
言いたくない。
「はは、さっきとはエラい違いやなぁ。ほんまは人見知りなん?」
「そんなことはないんです、けど…」
ヒールを履いていても顎を持ち上げなければならない身長差。
ジャケットを羽織ると余計に分かる広い肩幅、小さい顔。
誠実そうな二重瞼に整った鼻筋。
私は面食いなんだなぁと、ミーハーなんだなぁと、改めて思う。
ずっと眺めていたくなるけれど同時になんだか妙な擽ったさを感じて俯いた。
「オレはここで失礼するから。挨拶しとこ思て声かけたんや」
「え、あ、そうなんですか」
「おお。ほな、またな」
また。
またなんてあるんだろうか?
「楽しかったで」
どこで恋に落ちたのか具体的に分析したら、多分ここなんだと思う。
いや、本当ははじめから。
目が合った瞬間には、私はこの人に恋をするのだと、感じていた。


それから三ヶ月ばかり、就職活動やらレポートやらバイトやらと学生らしく男っ気のない生活が続いた。
そんな真冬のテスト期間真っ盛り、偶然に学食で財前と出くわした。
彼は一人でカツ丼を食べていて、私はパスタとフレンチトーストのセットをトレーに載せていた。
「なんや腹にたまらなさそうな食事やなぁ」
「そうかな。カロリーは高そう」
やっぱりフレンチトーストはいらなかったかな、とちょっと悩むけれど実際食べたかったのはパスタではなくフレンチトーストなのだ。
「まあ、いいじゃん」
「別にええけど。誰さんやったっけ」
グラスの水をごくりと飲んでから財前は上目遣いでこちらを見た。
一言苗字を告げるとそやったなと淡白に頷く。
「あの時はありがとう」
「別に」
「白石さんかっこよかったなぁ」
財前の前に腰を下ろしてアイスティーに口を付ける。
なんでもないように言ってみたけれど、彼の名前を言葉にしたら妙に緊張感してしまった。
「惚れたん?」
「惚れた惚れた」
冷静にかつ茶化すようにそう言うと、箸を丼にかけ財前はつまらなさそうに頬杖をついた。
「あの人、彼女おんで」
「そりゃああんだけかっこよかったらいるよね」
正直、別にそんなことはどうでも良かった。
大体無表情で何を考えているか分からない財前が少しだけ眉を顰める。
「自分、よう分からんな」
「ん?」
「本気か冗談か、分かりにくいっちゅう話」
私だって分からない。
このまま二度と会うことなく、あの一瞬の邂逅で留めて心の中で『白石さん』を神格化させてもいいかもしれないと思っている。
もう一度会って、この気持ちが恋なのか確かめたいと思ってもいる。
どういう感情であれ、彼に惹かれているのは誤魔化しようもないけれど、他人に恋心を打ち明けられるくらい本気なのかは自分でも分からない。
「…ほんなら、行くか?バイト先」
玉子の乗ったトンカツを食べながら言う財前の提案に私は一旦『白石さん神格化』を保留にした。


それから一週間後。
財前に指定された待ち合わせ場所は私鉄沿線の比較的小さな駅だった。
出口が西と東しかない。
西口から少し歩いたところにある一軒の居酒屋、いや小料理屋と言った方が正しいかもしれないその店が白石さんのバイト先だった。
「おお、財前。よお来た、な…」
財前の後ろから現れた私を見て、バンダナを巻いた白石さんが目を丸くした。
「…日下部さん?」
覚えててくれた…!
それだけで舞い上がりそうになる。
もちろん外見は落ち着いて見えているはずだ。
私はぺこりと頭を下げた。
広くはないお店でカウンターに座り、黒のTシャツに黒のエプロンを身に付けた白石さんと対面する。
前髪が上がって額が全開になっている。
ちょっと意外だったけれどかっこいいのは変わらない。
「何にする?」
ドリンクメニューを私たちの前に広げながら白石さんが訊ねた。
あまり豊富ではないお酒の種類に私は無難に生搾りグレープフルーツを注文する。
財前は生中を頼んだ。
「おまっとさん」
カウンターの向こう側からにこやかにドリンクとお通しが配膳される。
白石さんが目の前にいると、ドキドキすると言うよりはテンションが上がる。
でも彼にはか弱くて大人しい女の子と認識してほしい。
そんな心理が働くようだ。
「二人、仲良かったんやな」
グレープフルーツを搾るのに悪戦苦闘していると白石さんがさっと取り上げて代わりに搾り、私のグラスに果汁を入れる。
喉の奥が擽ったくて変な顔になりそうだった。
「あんまりっすわ。話したのだって数える程度やし」
「そうなん?」
「あ、あの時のお礼です。ちょっと遅くなっちゃったんですけど。白石さんにも」
財前がこちらを覗き見る。
「今日は、おごる」
元からそのつもりだったけれど、財前は意味深にふうん、と頷いた。
口止め料か何かとでもとらえただろうか。
別にどう思われても構いはしないが。
「ほならオレへのお礼はぎょうさん注文してくれるってとこか」
頑張って笑顔を作って頷く。
たぶん上手く笑えていない。
唇が震えるからだ。
「おおきに」
それでも伝わったのか、白石さんは瞳を細めて微笑んだ。

財前と白石さんは中学時代の部活の先輩後輩関係だったらしい。
二人とも大学進学で上京、大学は違うけれどことあるごとに連絡を取り合っていること、あの日は白石さんが私たちの学校の学祭に遊びに来ていたそうだ。

小さな和風創作料理屋で二人の話を聞きながら私はとても幸福感に満たされていた。
魚料理が中心のこのお店は中年から大分年嵩の人たちでささやかな賑わいを見せる。
この中で私たちは若すぎて少し場違いな印象だが、それさえも白石さんは喜んでくれた。
「ここの客、ジジババばっかやろ?バイトもオレが一番年下やからいつもオモチャにされんねん」
そう言いながらも大将やお客さんと楽しそうに話している姿はとても素敵だった。
というかたぶん、この時点ですでに彼が何をしていようと私の目には素敵にしか映らなかっただろう。

お酒より料理を堪能した私はデザートまでしっかり食べ切った。
とは言っても普段より全然食べていない。
注文したものの3分の2は財前のお腹に納まった。
「財前くんて、痩せてるのに結構食べるよね」
「普通やろ」
「そうかなぁ」
そろそろ電車の時間が、というところで財前が席を立った。
私はその間に白石さんを呼んでお会計を済ませる。
「自分、男前やなぁ」
白石さんが苦笑した。
私は複雑な気持ちになりながらもお釣りを受け取る。
「あの、」
どうしたら、彼のその綺麗な顔をずっと見ていられるだろう。
ふとそんな風に考えたら止まらなかった。
白石さんが小首を傾げる。
「また来てもいいですか?ちゃんとお礼したいです」
見つめ返されて、思わず目を伏せてしまった。
見ていたいけれど、見られるのはとても恥ずかしい。
「もちろんや」
彼に他意はなかった。
不純なのは私。
「せやったらオレの番号教えたるで、来る時は連絡してな」
もう全く隠しきれていないだろうけれど、私はまた努めて冷静に携帯に11桁の数字を打ち込んだ。
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