ただ、そう。何となくである。

少年の金の左目に指を突き立てた。一瞬息を呑む音の後絶叫。しかし悲鳴は一瞬だった。
「ぎぃぃう…………っ」
指を動かすとあまりの激痛にか少年は―――エレンはくずおれた。ぶち、と神経繊維か何かが引き千切れる音がした。ぬらぬらとした粘液と血とが明かりに照らされて、てらてらと湿った光沢を晒していた。それらが外気に触れ、急速に温度が冷えていく。
時たま痙攣を見せる少年の身体は意識を辛うじて留めている。
指は眼球を完全に貫いていた。視神経を僅かに引き連れて、微かに血に塗れたそれに唾を飲み込んだ。
「………どうせもとに戻るんだろ」
喉の奥が酷く渇いていた。焼け付く焦燥に似たそれが酷く心苦しく焦れったい。何に苛ついているのかも判らない。
「気色悪い」
リヴァイは呟くように吐き捨てた。指を口元まで持って行き、原形を辛うじて留めていた眼球に舌を這わせた。塩辛い涙と、幾度も戦場で嗅いだ錆の匂い。
床に無様に倒れ込んだままのエレンは、ただ痛みに身体を時折捩らせるだけだった。少しずつ溜まっていく血溜まりに、薄く部屋の様子が写る。リヴァイは指の眼球を口に含んだ。飲み込む。



何日経ってもエレンの目が治らない、とハンジが言った。微かに反応を見せるリヴァイを、知ってか知らずか、ハンジは続ける。
「確かこの間一度巨人化したよね」
エレンの左目が無くなったのはその前だ。おかしい、とハンジは言う。巨人化する度に今までの傷は治っていたのに、と。
「リヴァイ、何か知らない?」
「あ?」
「抉ったの君でしょ」
言っても無いのに見抜かれていた。確かにリヴァイ以外、こんな事をする輩もそうそういないだろうが。
「俺が知るかよ」
そうだ、リヴァイはただ抉っただけだ。それ以外は何もしていない。
「うーん………立体機動とかに支障が出そうだけどなあ、片目って」
ハンジが悩ましげにため息をついた。ちら、と眼鏡の奥の瞳がリヴァイを見遣る。鮮烈さを纏った瞳。しかしそれはそうしない内に溶けるように失せた。リヴァイの組んだ腕、もっと言うならば指先か。それから目線を外し、「ま、困るのは君だから別にいいけどね」とへらへらと笑った。
リヴァイは無言で部屋を出る。指先を見ると、肉片の様な何かがついていた。成る程、目敏い。潔癖気味の彼が汚れを付けたままにするはずなど無い。恐らくハンジには大体の事がばれてしまっただろう。構いやしないが。
エレンの眠る地下室へ足を運んだ。実験で血を抜いたというから貧血になったのやもしれない。相変わらず、就寝の際にはその両手首は鎖に繋がれていた。ベッドサイドに寄って、首筋に爪を立てた。ぎっ、と鈍い手応え。
巨人化する前につけた傷は無かった。裂いて抉って跡を残す。もう、何度も繰り返していた。
「…………………チッ」
あの瞳だけが、帰ってこない。






少しだけ腐らせてリプレイ







2012.03.03
雛祭り関係ない。