くすくす笑う声は案外幼い。
何がおかしい、と渋面を隠さずしてリヴァイは問う。
「いいえ」
未だ笑いながらエレンはそう返事をする。くすくす、くす。断続的なそれは勘に障るが無理に止める程でもなかった。
ひとつ鼻を鳴らす。
奇妙に静かな空間に二人だけがいた。このまま何もかもを放り出してもいい気もしたが、理性と自制が働いてすぐさま却下。
二人が今目指すのは、班拠点の建前の中に無数にある空き部屋のひとつであった。簡素な木製の机と固いベッドしかない。しかしそれだけで暮らすには充分すぎた。無駄な娯楽を増やし続ける事の無意味さよ。そんな事は一部の富裕層がやる事だ。醜く浅ましく、肥え太った本性を削ぎ落としてしまいたい。彼らの知る世界と、リヴァイやエレンの知る世界は全く違うものだ。悲哀の度合い、幸せの最低ライン。
だが、こうしてこの少年は笑っている。エレンだけではない。何人もの人間がささやかな幸福を見つけ、享受し、そこに無常の愛しさを知る。
だから死んではいられない。リヴァイはそう考えている。エレンをはじめ、多くの人間の調査兵団入りの理由をリヴァイは知らないが、恐らく知るべき事でもないのである。
その理由の為に多くの兵士が死んでいくというのも、また、皮肉な話だが。
ふぅ、とひとつ息をついて、エレンはようやく笑うのをやめた。何がおかしかったのかリヴァイには今ひとつ理解できなかったが、笑うのをやめたので水に流す事にする。
部屋の前についた所でリヴァイは薄く扉を開けた。
エレンを先に通し、滑り込む様に入る。もうそろそろ日も暮れようかという頃合だったので、部屋には優しく陽射しが差し込んでいたが、世界の側面のひとつに過ぎないと皆が知っている。 世界は美しく、残酷で、優しく、無慈悲だった。
久々にじっくり夕日を見たのか、エレンは窓を開けてそれに見惚れていた。連れてきた甲斐があった、とリヴァイは己の行動が間違っていない事を再確認した。
「…………夕日なんて、久々に見ました」
ぽつりと呟かれた声にやはりか、と聞き耳をたてた。
「小さい頃は、ミサカやアルミンとよく、見てたんですけど」
不意に言葉が途切れた。淡い橙に照らされて、金の瞳が一層輝く。
綺麗だ、とあまりにも透明な感想が零された。輝く瞳。暖かい陽射しに僅かに紅潮する頬。緩やかに揺れる髪。リヴァイは感嘆の息を吐く。
たったこれだけで、人は生きていけるのだ。







光の輪郭






2012.02.07