※女体化注意。












「聞いてません、そんな話」
ぎりっとでも音が出そうな程歯を噛み締めた後、クダリは滅多に喋らない敬語を話した。目の前の初老の男性は彼の叔父である。叔父はその気迫にやや目を見開きながら、「だって言ってないし」と軽い調子で言った。
「いきなりすぎ……ますそんなの」
「………敬語苦手ならいつも通りで構わないから」
「何だってそんな余計な事するの叔父さん!」
瞬く間にそう叫んだクダリに叔父は苦笑しながら、「お前もいい歳じゃないか」と言った。
「それとこれとはちがう!」
「でもなあ、十年以上前に生き別れた姉を探すって、無茶だと思わないのか」
ぐっ、と言葉を詰まらせるクダリを見て、叔父はまたしても苦笑した。会うだけでもいいんだ。そう言う叔父に、クダリは仕方なく頷いた。



「でもやっぱりやだ」
「まあ落ち着け」
「会うだけって言ったじゃない」
「まだ会ってすらもいないぞ」
「あーあーあー!」
大声を上げ、耳を塞いでその言葉を遮るクダリ。
叔父に連れられて来たのは、よくテレビなどで見掛ける馬鹿でかい料亭の、いわばビップ対応席だった。若い畳に磨かれた黒光りする机。今湯気を立ててクダリの目の前にあるお茶だって、きっと高い茶葉とそれに見合う高級な湯呑みなのだろう。そこそこの収入を持つクダリとて中々手は出せまい。出す気もないが。
駄々を捏ねても始まらない事は知っているが、しかし捏ねずにはいられないのだ。そもそも、結婚適齢期の最中にあっても誰かと付き合ってすらいなかったのは、随分前に両親の離婚によりそれきりになった姉を探す為である。結果としては散々。どうやら姉を連れた母は、徹底的に痕跡を消していたようだ。畜生。クダリは毒づく。
「来たぞ」
囁き声が耳を掠めた。クダリは顔を上げる。背筋を伸ばし、着慣れない背広を正した。
失礼します、と仲居の声がした。襖が開く。向こう側の整った景色が見えた。冬故に寒々しい色彩が目立ったが、澄んだぴりりとした空気と空の兼ね合いと、紅葉した銀杏や楓が美しい。
視線は自然とずれ、女がそこにいた。淡い藤色の着物に目がいく。儚い色の中にある凛とした美しさ。流れる様にして、灰色の纏められた髪が、ほっそりとした首が、白い肌が、クダリの目に入った。
女が目を見開いているのがありありとわかった。
「…………………………………………………………………………………………ノボリ?」
小さな小さな声を、クダリは零した。





ミモザの歯車