嘘つき、と囁かれてふるりと肩が震えた。嘘って、何を。平静を装う声はやはり何だか怯えた色を漂わせていて、まだまだだなぁと場違いな反省をした。誤魔化すなと次は言及されて襟が締められる。苦しい。苦しい。
けれど全てを素知らぬふりをしてまた首を振った。頭は何処か別の場所にトリップしていて、ただ声帯を震わせて適当な事を言うだけの反射の様なそれだけが身体にあった。何を言われたかよく判らないままに返事をする。その度その度目の前の彼の顔は顰められて歪められて、普段の笑顔は台無しだった。思わず手を動かしてその頬を労るように撫ぜるものならば、あっけなくその手は払われて壁際に追い詰められてひたすら耳に入って来てすらいない何かを叫ばれ続けるのだろう。経験済みである。そして経験を生かさない程自分自身は愚かでないつもりだったし、そう、つまりはただこの状況をノボリは享受し続けたのである。
甘んじて受け入れ、ただただ意識の濁った瞳をクダリに向けていた。苛立ちを隠さず、普段の笑顔を崩して兄を睨む弟の顔は、ノボリとそっくりだった。苛烈な色に染まるその灰がかった瞳に吸い込まれるようだった。いや、吸い込まれてもよかった。愛していた。愛して、愛して、愛していた。けれどノボリにはそれがどのような愛なのか判らなかった。きょうだい?恋慕?家族?収集のつかぬ間にノボリはそれらの疑問を投げ打って、そして目を伏せてきた。
思考停止は楽だ。まさしく何も考えなくていい。考える事を諦めても、許されるのだ。そういう風に認めるのは酷く簡単で、それでいて怠惰に塗れていた。そして不意に、そして唐突にノボリの意識は引き戻される。頬に感じる熱に似たその痛みに、ノボリは目を数度瞬かせ、やがてぶたれたのだと理解した。足の指先が冷えきっていたのに気付く。心臓が何故かやけに煩わしく鼓動を刻み、いつの間にか指先は自身のシャツの胸元をくしゃくしゃにして握りしめていた。ど、うして、なぜ、わたくし、なにを。
今更に困惑と混乱が脳裏を支配した。何を言われた何をされた何を言った何をした?


「ノボリ」


やけにはっきり聞こえた声で、もうノボリは駄目になった。目の前にあったのは、襟首を、首を締めていたのは弟ではなかった。天井からぶら下がるその滑稽で粗末な布を引き裂いて作られた縄は、ノボリの首周りにしっかりと巻き付いていた。足元に椅子。その後ろにクダリ。嗚呼、嗚呼、あ、あぁあ、あ!訳の判らない獣の様な悲鳴を上げて蹲ろうとした途端縄が突っ掛かった。今度はただ息苦しく、痛覚だけが背骨を焼いた。クダリがすぐさまそんなノボリを支えて首の縄を取る。薄く跡のついた首。僅かながら鬱血している様だった。
あ、あ、と動物の様に微かに声を漏らす喉は震えていた。ごめん、なさい。途切れ途切れの謝罪は果たして愛すべき弟に伝わっただろうか。クダリは優しく笑んだ。いつもの様に。いつもの様に、やわらかく。

「わるいこ」






耐えて絶え絶え