ノボリとトウヤがトレインから降りたとき、タイミングよくクダリとトウコがやってきた。
「あのねあのねノボリ」
「あ、その、ね、トウヤ」
クダリは嬉々と、トウコは気恥ずかしそうにしている。ノボリは落ち着きなさいましとクダリを嗜め、トウヤはどうしたのトウコと冷静に彼女のアクションを待った。
「ぼくたち付き合う事になったよ!」
ぎゅう、とクダリがトウコに抱き着く。トウコはやっぱり恥ずかしそうだった。いつもは男前なのにとトウヤは場違いな事を考えた。
そして暫くの間ノボリは無言だった。トウヤは何処か空恐ろしいものを感じて、ノボリの顔を覗き込もうとした時だった。
「ブラボー!」
不意にノボリが叫んだ。三人は銘々に驚きを浮かべる。
「貴方もついに恋人を持つ日が来たのですね!めでたい事です!トウコ様はバトルもお強いですし、何より私もよく存じ上げております。いや、全く以って素晴らしい!」
その言葉を聞いてトウコは一層身を縮こまらせる。照れているのだろうとトウヤは当たりを付ける。こういう時以外にもその奥ゆかしさを出せばいいのに。
「トウコ様」
「はっ、はい」
「頼りない弟ですけれど、よろしくお願い致します」
まるで息子の婚約が決まったのを聞いた母親のような言葉だった。クダリが「ひどい」と口を尖らせる。珍しくそのあとノボリが満面の笑顔を浮かべたので、三人はまたしても驚いた。



「俺てっきりノボリさんはブラコンなのかと」
「私もてっきりトウヤ様はシスコンなのかと」
「まあ当たってますけど」
「お互い様でございまし」
場所を移してシングルトレイン最終車両。バトルの終わった後の空いた時間だった。寒々しい鉄の色が薄暗く反射する。
「ノボリさん、何かしたでしょう」
「はて、何の事やら」
とぼけるノボリ。そのコートの衿をぐいと引っ張って顔をこちらに向かせた。相変わらずの仏頂面。
「……………半年くらい前、トウコ言ったんですよ。『ノボリさんの事が好きかもしれない』」
「…………………」
「何をどうしたか知りませんが、よくたった半年でうちの姉の思考を弄りましたね」
「…………………弄ってなどいませんよ」
ノボリがぼそりと、呟きの様に零した。そんな悪趣味なとノボリが毒づく。
「誘導です。トウコ様のお気持ちがまだ不安定だったからできた事。弄ってなど、いません」
「ノボリさんはトウコが好きだったんじゃないんですか」
「ええ愛しておりました、お慕いしておりましたとも!だからこそです」
誰かの一番になりたくないのだと男は嘆いた。一番の兄一番の恋人一番の家族。そんな重たい責任など背負えない。
「私のあいした一番の家族と女性が恋仲になる。わたくしにとってこれ以上のこうふくがございますでしょうか?」
鈍い銀色から静かに涙が零れていく。ぼろぼろ、ほろほろ。薄暗い照明の下、それはやけに輝いていた。そうですか、トウヤが言う。
「でもですねノボリさん。一つ、失敗があります」
何の事だと瞳が見開かれる。放心状態で力の抜けた身体を、ゆったり座席に押し倒した。まるで子供を寝かしつける様な自然さだった。
「俺も、ノボリさんが好きなんです」
「っ、」
「だから今、貴方は俺の一番好きな人です」
やめてくれとノボリは懇願した。言うな。それ以上言うな。やめろ。やめてくれ。
ネクタイを抜き取って、トウヤは慈しみに似た執着と達成感を乗せた笑顔をノボリに送る。目の前の黒衣が電車の振動で小刻みに揺れる。いや、電車、だけだろうか。
「あいしてる」
ノボリは泣いた。







マゼンタ、





君は眠る。