※上手な潜り方の続き。













いつだったか、とノボリは昔の感覚を辿っていた。似たような状況があったはずだ。こんな風にシーツに押し付けられて、遠くの出来事の様にスプリングの音を聞く。クダリ、不思議そうに放たれたノボリの声は、ふわふわと浮いて弾けた。意味を成さない言葉は、こんなに無様だったのか。
クダリは何も言わない。表情は固まりきった様に、貼り付けられた笑顔のままだ。瞳だけがぎらぎらと光っていて、ノボリは困惑するばかりだ。
ぎらついたその瞳の色の意味を、彼女は知らない訳ではない。だからこそノボリは視線を彷徨わせた。何で、どうして。クダリは何も言わない。
「ノボリ」
掠れた低い声は何かの唸り声の様で、ひくんと肩が震えた。弟は、クダリは、この震えをどういう意味で捉えただろうか。
クダリはノボリの背中を浮かせると、両腕を差し込んできつく姉を抱きしめた。背骨が軋む様なそれは身体を圧死させようともしているみたいで、ノボリは息を吐いた。
「…………………クダリ?」
彼はこたえない。なにも、いわない。辛くはないが決して沈鬱ではない空気に板挟みになって、ノボリはどうしようかと考えた。そろりそろり、クダリのシャツの端を掴んで、伺うみたいにノボリも黙った。
眠たくなりそうなくらい心地いい体温だった。瞼が半分ほど落ちかけた頃、クダリはノボリを離してシーツに横たえた。ノボリの服の釦を、ゆっくりクダリが外していく。ゆっくり、ゆっくり。微睡んで霞んだ思考は、何も考えずそれを受け入れる。
露出した鎖骨にクダリが柔らかく噛み付いた。ノボリの意識は浮上したが、抵抗はしなかった。黙々と、クダリの手は先へ先へ進んだ。髪を指で梳いて、目元を唇がなぞった。熱い吐息が頬に当たる。あらさかまに欲を含んでいた。
暗い寝室には開いた扉から、廊下の明かりが僅かに届くばかりだ。逆光でほとんど弟の顔は見えない。あのぎらついた瞳だけが、情欲に濡れて時折てらてらと光った。
ノボリは手を伸ばした。クダリの頬に手を添えて、頬をなぞる。クダリが、泣きそうな顔をした気がした。






免罪符は無抵抗