※ショタサブマス









「嘘はなしね」
「判っておりますとも」

一体こんな会話をしたのはいつの事だと言うのだろう。
随分昔だった気もする。懐古に浸る胸中には、じわりと暖かさと少しの苦々しさ。そんなに昔の事でも無いのに不思議だ。
「十数え終わるまで離さないでね?」
「?………はい」
何やら意味が判らなかったが、とりあえず頷いておいた。く、と力を込められた小さな右手に応える様に、ノボリも左手に力を込める。
「いーちぃ」
がたん、ごとん。
揺れ動く車内の中ノボリが目を閉じる。
幼い彼等にとってこのバトルサブウェイは格好の遊び場だった。ある時は車内を周り、ある時はホームの中をぐるぐると回った。まだ高くない身長のせいか、それらはとても大きく、また何処か恐ろしく感じるものもあった。それでもやめられないのは、多大なる好奇心と片割れの存在が大きい。お互い信頼しきっていた。良い事なのか、悪い事なのか。ノボリには判断がつかない。
「にーぃ」
クダリが目を閉じていたので、ノボリもそれに倣う。地下鉄独特のあの薄暗さを塗り潰す様に、瞼が視界を黒檀に染め上げる。頼りは片割れの小さな手。
ぴりりと、瞼に小さく痛みが走った気がした。
「さぁーんー」
がたん。
大きく揺れた車体に身体が傾いだ。ぎゅ、と強く手を握ると、クダリは手ごとノボリを引き寄せバランスを取らせた。ありがとうございます、と言おうとしたら引き攣った喉からは何も出せなかった。
沸々と込み上げる不安に似た何かを、ノボリは必死に堪えた。狂惑に溺れる内心を表す様に心臓が煩くなった。
どっ、どっ、どっ。
重低音を聞いた気分になりながら、鎮まれと左胸を押さえた。その分波打つそれを感じて、少し情けなくなる。
「しーぃ」
クダリは何事も無かったかの如くカウントを続けていた。
耳朶を叩くその声を聞き、ノボリはふと不安になった。純然たる疑問。
クダリは、こんな声だったろうか。こんな手で、こんな雰囲気だったろうか。
喉はまだ引き攣ったままだ。ごぉーお。響くカウント。
ちりちりと静電気の様な感覚が首筋を襲った。どっと吹き出した背中の汗に動揺した。自分の事なのに。
がたんごとん。揺れる車体。震動を感じる身体。これは果して、本当に自分のものか?「ろぉーくぅ」
がたんごとんがたんごとん。
「しーちぃ」
ゆらゆらゆらゆら。
「はーちぃ」
どっ、どっ、どっ、どっ。
「きゅー、う」
ぎゅ、と強く閉じた瞼に光は入ってこなかった。僅かばかりの光だとしても入ってきたら、と考えたら、それだけでも恐ろしい。隣にいるのは、幼い少年の手をした異形なのかと勘繰ってしまい、酷く恐ろしく感じてしまうのだ。
けれど放す訳にはいかなかった。
「じゅー、う!」
軽快に響いた最後の一言に、ノボリは脱力するのを感じた。
やっと瞳を開くと、ホームが見え始めていた。淡い光すら目に痛い。
「いやあ、怖かったね」
けらけら笑うクダリが憎い。こちらの緊張も、恐怖も知らないだろうに、こいつは。
「ぼく、途中でノボリがノボリじゃないなんて思っちゃった」
ノボリは、どうだった?
仏頂面は口を閉ざしたままだった。







厭世主義のピエロ