昔人魚の肉を食べました。

「海に行ったんです。波打ち際に変にでかい魚の尾があって、地元の人が食えるぞって、坊主もどうだってひとつくれたんです。けど食べて暫くすると皆ばったんばったん倒れちゃって。まだガキの頃だったんですけど毎晩怖くて仕方なかった。俺はいつ死ぬんだ。ずっとそんな事を考えてました。けど俺は死ななかった、成長さえした。だから大丈夫だって思ってたら背がもう伸びなくなって体重にも変化がなくて。周りは成長してるのに。そしてそのままずるずると俺は十五の身体のままです。もう四十年は、経ったのに」

どう思いますか、とリヴァイは問われ閉口した。どう思いますかって、何を言えばいいんだ。何を言ったら正解なんだ。表情を映さない金色にどう答えたらいいのか、判らない。
幼い頃、リヴァイはエレンという少年と遊んでいた。一ヶ月といわず何ヶ月もリヴァイは少年と遊んでいたのだが、突如少年は失踪した。気付けば、いなかった。幼いながらショックを受けたのか、それともただ単に印象に残ったのか。リヴァイはずっとエレンという少年の事を覚えていた。
そして三十路になって、見つけた。見つけてしまったのだ。エレンを。
エレンの容姿は変わってなかった。大きな金の瞳も短い黒髪も何もかもがあの時のままで、ただひとつ、あの時にはなかった敬語がすらすらとついてきていた。
「…………俺には、判らん」
そうだ判らない判るはずがない。リヴァイが生まれる前から生きる少年は時間が止まってしまった。その少年は針が動くかどうか、解答を欲している。リヴァイにそんな事、判るはずもないというのに。
判ってたまるか、と零すと少年は能面の様な無表情を崩してへにゃりと笑った。
「老けたなぁお前」
「当たり前だ」
「でも背は伸びてねえな。追い越されると思ったのに」
「うるせえ」
はるか向こうへ行ってしまった背中を眺める様に少年はリヴァイを眺める。置いて行かれた分を取り戻す様に。忘れていた思い出を不意に思い出した様な感傷が押し寄せた。
「スーツ着るような歳になったんだなあお前も」
「………………」
「仕事の途中だろ。邪魔したな」
じゃあと手を振って少年が再び雑踏に消える。ああもう会えないかもしれない。けれど引き止める術をリヴァイは知らない。何か、何かないか。
「エレン」
少年が足を止めて振り返る。泣きそうな瞳が何だと問う。
「連絡先とか、ないのか」
「……………ないよ」
ばいばい、と、とうとう少年は背を向けて、すぐにいなくなった。






地を這う魚





2012.05.19