堪えきれない程の絶望というのは実のところ存在しない。
絶望の中に希望を楽観視するのは得意だ。見つけたかもしれないと無理矢理に捻り出すポジティブシンキングは心の支えとするのに調度いい。かもしれない、が大事だ。あやふやで、けれど確かな期待。期待は裏切られる事を前提としたひとりよがりである。
生きる上で希望というのは必須で、けれどそんなものは極々限られている。ああ、悲しいかな、夢なんてもの、こんな所で望む方がきっと愚かなのだ。

「……………」

かたん。軽い音をエレンは聞いた。目は未だ開けられず、ただただ聴覚だけで周囲を知る。指先すら感覚の怪しいあやふやな世界の中、唯一確かなのは自分の心臓の音だった。
寝覚めが悪い。意識は半分微睡んでいるのに、身体は異様な疲れを訴えている。べたべたと汗でシャツが纏わり付く。
身体を起こすと、ようやく目を開ける気になった。いつも通りの、地下室。手首と足首にかかる鎖もまたいつも通り。それに、こんなにも安堵するなんて。
未だ視界はぼやけている。ぼうっと虚空を眺めていると、「おい」と短く声がかけられた。リヴァイだ。
「………おはようございます」
「随分寝ていたな」
言われて、階段を見る。扉は開け放たれていて、外がいかに明るいかを見せびらかしていた。目に痛い。
今日は休めと言われて大人しく頷く。どちらにせよ時間が時間だ。訓練など参加できまい。
「うなされていたな」
何の夢を見たのか言外に尋ねられている気がして閉口した。ややあってそうでしたかと言う。みっともない様子だろう事は自分で判っている。
夢だったのだろうか、あれは。(だとしたら、なんて、)
ベッドの上から動こうとしない少年に痺れを切らしたのか。近付く足音にエレンは怯えた様に一瞬だけ指先を戦慄かせた。先程よりも確かなシーツの感触に今は安堵よりも、何故か恐怖を覚えた。

「夢を見たんです」

先手を取る様な、苦し紛れの言葉だった。足音が止んで、少しばかりの膠着状態。
「どんな夢かは覚えて、ない、んですけど。凄く」
凄く幸せな夢だったんです。そう言って項垂れる。
ただ暖かくて、多分、あれを幸せと言うのだろう。よく判らないが。
あんなもの見なければよかった。暖かさだなんて知らない方が幸せだ。見たくないものにばかり目が行くのだ。認めたくない現実なんて、山ほどあるのに。
エレンは少しだけ泣いた。それ以上泣けば現実に戻れないぞと、絶望に小さく囁かれた気がした。






なみだも死ねばいいのに





2012.04.14