ぱちん。



どことなく虚ろな金の瞳がリヴァイを見る。する、と背後から蛇のごとくしなやかに首に回る腕を、リヴァイは緩い力で掴んだ。椅子を少し動かし、エレンの腕を引く。
いとも感嘆にしなだれかかる身体を抱き留めた。規則的な呼吸と心臓の音を聞きながら、愛おしさに瞳を眇める。
ぎこちない優しい手つきで頭を少し撫で、平素の少年が見たらば何を思うだろうかと考えた。
滑稽。疑問。侮蔑。よろしくない印象を持ちそうなのが容易に想像でき、そんな印象に繋げるような関係しか作れなかった己にも非はあると、リヴァイは素直に認識している。
どろどろに甘やかして真綿で首を占める様に愛情を注いでみたい、とそう思わない事も無いのだ。無償の愛情。そんな物とは無縁なのだが、たまにはいいかと、そう、気まぐれの様に考えてしまう。
「へい、ちょう」
覚束ない口調。年相応には幼なすぎるそれもまた、普段抑圧された部分なのだろうかとぼんやり考える。
薄い唇を指でなぞるも反応は乏しい。きろ、と微かに動く瞳は生きているという印象すら危うい。人形が頭をよぎる。
いっそ、人形の方がよかったやもしれない。
脱力している身体を起こして床に跪かせた。従順に座りこちらを視界に入れる様子はいつもとは少々異なる。怯えの中の不屈。あれを気に入っていたのに。
細い首に手をかける。肉が貴重な世情故、精がつく食べ物を食す機会は滅多にない。巨人さえいなければ、と考えるのは愚の骨頂だ。過ぎた事を考えたとてどうしようもない。
両手を首に回すと指でそれを覆う事ができた。二本の親指で喉仏の感触を確かめる。自分は今、この少年を生かすも殺すも自由である。
左手に力を込める。かふ、と僅かに漏れる苦悶と吐息。徐々に右手にも力を込める。酸素を取り込もうと生理的に開く口を塞ごうかとも考えたが、やめた。手を緩めたり、力を込めたり、呼吸ができるかできないかのぎりぎりを何度も繰り返す。犬の様に開く口元は生にしがみついて必死なのに、だらりと下がった腕は全てを諦めて死への諦観を決め込んでいる様に見えた。
涎が口端から垂れ始めた所でリヴァイは両手を放した。一気に流れ込む酸素にエレンはげほげほと咳き込む。伝う唾液を舌で掬って柔らかくキスをした。啄むような、ひたすら慈しむ為の口付け。
あいしてる。
一瞬の躊躇い。後に声には出さずそう囁いてリヴァイは指を鳴らした。ぱちん。乾いた音。
瞳に取り戻される不屈の色に、やはりこうでなくてはとリヴァイはエレンの目の縁をなぞった。





夜盲の羊




2012.04.08