※ぼんやりした多指症兵長。



















「あれ、」
エレンは小さく声を漏らし、しかし気のせいかなと思考を逸らした。今、リヴァイの指が六本あった気がしたのだ。有り得ない事でもないが、そうそうある事でもないだろう。
じろじろ見るのが酷く失礼に思えて、エレンは余所を向く。青空が目に優しく飛び込んだ。埃が舞う室内に風が吹き込んで、その清々しい空気を吸う。
またしても掃除である。どれだけ潔癖症なのだこの兵士長は、と幾度となく考えたものだが、言ったところで無駄な事は考えなくても判る。おまけの蹴りを貰う事も。
なので気のせいと考えて、エレンは箒を動かした。しゃっ、と箒が床を滑る音がした。



だから不意に肩を掴まれた瞬間は、酷く驚いた。
「何ですか兵長ってうわ、」
「うわってなんだ」
「指、六本だったんですか」
そう言うとああうんと適当に流された。ああうんって、おい。
「骨格の都合上手術ができなかったらしい」
「らしい?」
「多指症の手術は通常一歳までに行われる」
へぇ、と感嘆の声を漏らしてエレンはじぃっとリヴァイの指を見詰めた。骨張って傷が目立つ、軍人の指だ。不自然とは言わないが、そこにある異質な一本。気付いてから改めて眺めると、そちらにばかり気が向く。
「あの、兵長」
「あ?」
「触っても、いいですかね」
言うとリヴァイはぽかんとしてエレンを見た。おかしな物を見るような目だ。
ややあって許可が出たので、失礼しますと言って右手を手に取る。ごつごつした手だ。軍人としての年季の様な物を感じた。自分の手と比べると、その印象は更に濃くなった。
無意味に掌の上で指を滑らせたり、自分の指と絡ませて、やはり一本余る指を左手でつついたりしていると、視線を感じた気がした。気にせず六本目の指を握ったり眺めたりした。二本目の小指みたいだと、微かに見える部分の静脈をなぞる。
リヴァイが不意に「エレン」と名を呼んだ。
はっとして手を放し、「時間を取らせてすいませんでした」と謝ってそそくさとその場を離れる。しまった。いじりすぎた。逆鱗に触れる前に逃げる。でないと死ぬ。
追いかけて来る気配がない事に安堵して、井戸の傍にへたりこんだ。下手な事はするもんじゃないと心底実感した。心臓に悪い。
「……………あ、でも、」
もうちょっと触りたかったかなあ、と意外にも暖かい掌を思い出した。






好奇心





2012.03.27
多指症をあんま絡ませられなかったぜ。指六本をうぞうぞ動かして悲鳴上げられる兵長下さい。