薄く笑う少年は、酷く優しい眦でリヴァイを見詰めていた。その優しさがひた恐ろしく、リヴァイは対照的に瞳を伏せた。
静かな部屋にぎりぎり、聞こえるか聞こえないくらいかの呼吸の音ばかりが耳朶を掠めるのだ。
静謐さに濁った色を落とした様な居心地の悪さが足元をくすぐる。視線はとうに移されていて、あの妙な眼から解放された事に安堵する。窓の外、夜の帳がかかり始めた空は、悠々と二人を見下ろす。
大層な事だと思う。
リヴァイはコップの中身を煽る。ぱちぱちと口の中で炭酸が弾けた。味のしない透明なそれに眉根を寄せた。
嫌な沈黙だ。お互い口を開く気配が全く無いのである。むしろ嫌なのは、沈黙のその先の様な気がしてならない。
意味もなく液体を飲む。一口、二口。ぱちぱちと泡が弾ける。
エレンはただ窓の外を見ていた。視線は固定で、金は迫る夜闇を見詰めていた。不可思議でほの暗い光彩は、変に不安になった。
思考と視線を逸らすようにリヴァイもまた外へ目を向ける。何も無い、ぽっかりした空だ。陽射しが力を失い、茜色の残滓と紺色が物寂しい。今宵は星すら浮かばず、月が間抜けに小さく口を開けていた。
ゆっくりと夜が迫る。部屋の明かりの方が強いためか、目の前のエレンの顔には陰りが見えた。
ここでようやくリヴァイは皿に目を落とした。コップはとうに無い。新たに置かれたのであろう皿の上には万年筆があった。こんなもの食えるか。毒づく。
「食べるのはそれそのものじゃないよ」
ハンジが笑う。エレンはどこに行った、というか、いつの間に。リヴァイは微かに瞠目する。ハンジは胡散臭い笑顔を浮かべる。さっきのエレンと違い、やけに表情豊かだ。
「思い出を食べるの。見覚えあるでしょ、これ」
再び皿に目を落とす。万年筆ではなく、そこには手帳が。誰のものかを思い出す前に、ハンジは皿を取り替えた。手がやけに逞しく無骨な事に気付き、リヴァイは顔を上げる。
「エル、」
「リヴァイ」
名前を呼ぶ前にエルヴィンはそれを制して笑う。置かれた皿の上には手帳ではなく立体機動装置が窮屈にそこにあった。
「呼んではいけないよ」
訳が判らない。瞬きをする度品は変わる。骨。スプーン。髪留め。馬具。本。写真立て。ころころと入れ代わるそれは遺品の羅列の様で気分が悪い。
「気分は?」
「すこぶる悪い」
「でも、これで最後です」
声が変わった。顔を上げる。エレンだった。外はもう大分暗いですね、と彼は言って最後だという皿を差し出した。そこにあるのは、見覚えのある、手。
「…………何の冗談だ」
「食べろとはいいません」
それはどういう意味だろうか。手を食べるのか、それに付随する思い出を食べるのか。
「え」
「駄目です」
「えれ」
「呼ぶなと言われたでしょう」
尚も動く口をとうとうエレンは右手で塞いだ。酷く優しい視線でエレンは言う。

「貴方は、人の思い出を踏み台にして生きるんです」

暗転。





ユニコーンの剥製






2012.03.25