己を呼ぶ酷くか細い声に気付く。何だと振り返るもそこには誰もいない。目を閉じると声ははっきりした。耳を塞ぐと言葉はより鮮明に。
おいで。
どこへ?
シグは目を明ける。うようよと動く影が何故だか自分を呼んでいる気がして、逃げるように去った。
しかし逃げるといっても影は影である。自分が原因でそこにあるものを消し去る事はできない。
―――暗い所。
そうだ。暗い所。影もできないほどの暗い場所へ行くのだ。そうしたら影なんてできない。だから早く。早く。
森の中は酷く静かで、自分以外には誰もいないようだった。かすかな月明かりさえ許さない場所へ足を進める。樹木の枝が重なって重なって、そうしてやがて光を許さないようになる。
前も見えないほどの暗澹を目の前にして、シグはようやく足を止めた。そうして気付く。
「…………?」
ここはいつもの、ナーエの森ではない?
そうして酷くこの闇が怖くなった。おいでおいでと手招きする、蠢く夜にシグは怯えを覚えた。
一歩、二歩。後ずさりした途端、背中に軽い衝撃が走った。
「っ?」
後ずさった分も全て反故にされて、暗い闇の中に空色が放りだされる。
無理に身体を捻って見たのは、誰かも判らない赤い影だけで。


「―――――――」


目が覚めたら目の前に赤い影がいた。
「…………?」
ぺらりとそれは薄っぺらい。シグを舐めまわすように見ると、ひゅっと引っ込む。苦虫をつぶしたような顔をしていた。
あれは、クルークが持つ本からたまにはみ出ている………何だろうか。
腕が僅かに痺れている。右手の骨がごりりと机と接触し、ぴりりと痺れを生んだ。
ぼんやりとした視界で黒板を見ると、随分と授業は進んでいた。ああしまった、ノートを取っていない。
もういい。寝てしまおう。そう思い睡魔に逆らわずまどろんでいると、小さな会話が耳に入った。
「なあ。どうしたんだよさっきからシグ気にして」
「…………いいや」
「いいや、じゃないよ。気になるじゃないか。また乗っ取ろうとしてるんじゃないの?」
「その気だったが………今は無理だ」
まもられている。そう、途切れ途切れに聞いて、とうとうシグは眠ってしまった。




加護



2012.08.19